人には面白いクセがあって、ポジティブであるよりもネガティブである方が安心したりします
そのくせネガティブよりもポジティブな事に価値がある、と思っている

成功は望むけれど、成功するのも恐い、その先を知らないから
だから恐くてそこまで行かないように敢えてする
「どうせ出来ないよ」
なんて言ってね
こういう時は成功と言う知らないストレスに晒されるよりも
今のままでいるほうが安心だ、という一種の捻くれた心理が働くようです
私も一杯やってきました
「どうせ、誰も信じてくれないよ」
「どうせ、私なんか諸々」
どうせが曲者なんですねえ
だから・・

ここは内なる捻くれ者には退場してもらって
【人生では必要なことが起きる】と再定義してはどうでしょう?
会うべき人と会うべきタイミングで会い、するべき事をする
なぜなら、そこに学びがあるから
学ぶために必要な人を呼び、
出来事を起こし舞台を設定している
私たちが失敗と思う事であっても
視点をあげて確認すれば、必要があって起こったことかもしれない
失敗して、何かを失ったと思っても
それでも、自分は大きなものの一部で、繋がっていて
愛されている
失敗しなかったら確認できない愛がある
それを知るために、あえて‥の経験かもしれない
たぶんそれが宇宙のやり方ですよ
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