最近の事ですが、こんな話が耳に入りました
かつて北海道で6人の人間を食べた熊を捕まえるために、殺された女性の肉を囮にして捕まえた
本当でしようか?
信実ならなんて厳しいサバイバルだったのでしょう

仲間の肉を食わせる?
令和に生きる私には、恐怖です
昭和以前の男尊女卑が透けて見える気がします
女は劣る存在である、男よりも価値がない
最も価値が無いのは身寄り無くお金もなく、死んでしまった女だ
そういう信念が透けてみえませんか?
奢ったエゴ
殺された女を熊の囮に使う
【殺された女】の部分を違う名称に変えてみましょう

例えば
- 20歳の男性
- 近所のおじさん
- 親戚のおばさん
- お母さん
どうですか?
出来事の意味や価値が変わってきませんか?
死んだお母さんの肉を囮に熊を捕まえよう
と、成りますかね?
名詞を変えてみると、何をやってるかがよくわかりますよ
名前を変えると出来事の意味が変わり、前提が崩壊して、真実が見えてきます
最初に殺された女の肉を餌にと言い出した輩には殺されたお前の母親を熊の餌にするぞ
もしくは、お前を殺して熊の餌にする
と言ってやれば良いんですよ
ふざけた男だ
こういう奴は自分は別腹だと思ってるんだろうな
殺された女だって、殺されたのか殺したのか怪しいものですよ
北海道って頻繁に女性が殺されてる地域なのですか?
それはそれで問題でしょう
昔の話だから、どうもにもならないけど
悲しみの漂う話ですよね
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