聖なる場所を探して、竹富島を行く

最近思い出したことがあります。

それは昔、子ども達がまだ小学生くらいの頃家族で沖縄に行った事です。

 

10台の頃から超古代文明など、今で言えば都市伝説的な藩士が好きだった私は、

沖縄⇒与那国島!

家族を引き連れて、与那国島に行こうとしたのです。

 

石垣島の直行便に子ども3人と夫婦で乗り込んで、いざ!

と思っていたら、与那国に渡る、その日が台風とマッチング

・・便は欠航です。

(インターコンチネンタル/2019)

 

飛行場で途方にくれました。

憧れの成就の寸前で夢打ち砕かれた私は、今にも泣きそうでした。

でも、救済ってあるもので

飛行機のチケット代が変換され、いくばくかの現金が渡されました。

 

失望感は現金で解消される?

人間ってゲンキンですよね、元気になった茶って

さあ、これからどうするって気分を入れ替えました。

船便があるのは近くの島。

私たちは竹富島に行く事にしました。

牛車にも乗りましたよ。

BGMに島唄が流れていました。

 

その後は狭い島なのでみんなで自転車を借りて島一周です。

広々とした美しい浜に着いて、子ども達はすっかり魅了され遊び始めました。

(これならイケる・・チャ~ンス)

小浜島/2019

とばかりに( ´∀` )、夫に子ども達を任せ

私は一人自転車で移動を開始しました。

 

私を待っているサンクチュアリを探す。

私には目的があったのです。

沖縄で【行くべきところがある。】

それは旅の準備をする時から分かっていました。

そして、それは与那国島のどこかだろうと察していたのです。

 

でも台風で行けなくなってしまいました。

でも、代わりの場所がある。

それも分かっていました。

恐らく、故野島のどこかに、私を待つ聖なる場所がある、はず。

 

私は探しながら自転車をこぎました。

根性あるよね、見つかるかどうかも分からないのに・・( ´∀` )

しばらく行くと

 

いわゆる沖縄の風葬の場所がありました。

ここかしら?この島の中心的な祭所のような気配があります。

(違う、ここじゃない)

また自転車でキコキコいきますと・・やや小さめのそれらしい場所がありました。

陰な空気が影の中にあります。

イメージとしては黒い色が浮かびます。

しまい通路のような所を行くと奥に入っていけそうなのですが、邪な気配があって行けません。

また、ぞろ自転車でキコキコ

 

そうして、見つけました。

ここです。

もう名前も場所も覚えていませんが

底は本土で言えば、伊勢神宮に通じるような穏やかな気配があります。

ここだ、ここなら大丈夫、行ける)

 

若さゆえの無謀さだったのかもしれない。ごめんなさい

島の人以外は入るな的な標識があったのですが

ごめんなさい。

入りました。

当時はそこがどういうところか知らなかったのです。

聖なる場所という言葉通りに理解していて、帰ってからどういう所か知りました。

 

入って行くと、そこは熱帯の植物が天井を作るように茂っていて

木漏れ日はまるでステンドグラスのように日差しを落としています。

空気は清浄で、聖なる場所という言葉通り。

 

私はその落ちて来る日差しの中心、光の中心に立ちました。

(島の人、ごめんなさい)

しばらく静かに呼吸をして、その場所を去りました。

たったそれだけでしたが、そこに行く事はなぜか必要だったのです。

 

私は知らなくても、私の深奥では理解しているものがある

何が起きていたのか、なぜそこに行く必要があったのか?は私は知りません。

私の中に宿る魂にお任せです。

その後はまたキコキコ自転車をこいで浜に戻ると、良い感じに子ども達も退屈していました( ´∀` )

 

島を出る前に、みんなでお茶を一服。

島を離れる最後の船便に乗り込みました。

すっかり忘れていたのですが、この前、動画で話をして思い出しました。

竹富島の方、本当に申し訳ありませんでした。

 

そして、これを読んでるあなたは真似をしないで下さいね。

沖縄の自然の中に生きるスピリットはアマテラス系の神々とは違うのです。

そんなに人間に優しいわけじゃない、無礼を働くとヤバいですよ。

 

それに、たぶん私が受け入れられたのは過去生の縁もあると思います。

あなたは畏れると言う気持ちを大切にしてください。

では、また。

 

 

ヴィジュアルは当時のものが残っていませんので

2019年に旅した時のものを使っています。

 

 

 

 

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プロフィールなのですが、自分の事を書くのは気恥ずかしくて苦手です 人生を振り返ると大きく二つに分けられれると思います それは結婚前(ホワホワしてる♡)、結婚後(まさに修行) 結婚する前は何のかんの言いながらも平和に暮らしていました 自身を深く探る事も無く、人生は夢に溢れ、両親は世界で一番良い人だと思っていました 結婚は魂の目覚まし時計が鳴るような一大イベントでした 成人した時に母からこんなことを言われていました↓ 「25歳までは好きにさせてやる、周囲の誰も不幸にしない結婚をしなさい」 25歳を過ぎたらお前に自由は無い、お前の結婚は家族(母)のためだ、と言う事ですよね、恐ろしい母親 結婚は私を社会から切り離し、家族と言う牢獄に押し込める陰鬱なものでした 結婚して7年間が一番暗い闇の時間でした それは私の心の中に神を失っていたからです、結婚が決まる少し前私は失恋をしていました それはものすごくショックな出来事で、神に責められるのが恐くて、私が神を捨てました 神を信じない周囲の人々に混じって彼らのように暮らせば幸せになれる、と自分に言い聞かせました 実際は違いました、全体とのつながりを失った個人は狙われるものです、エネルギーを捕食したい輩から見たら格好の獲物です、潜在能力が高ければ尚更です 結婚して7年目のあの時私は自分を取り戻しました、そして神様とも仲直りしました (宗教の神ではないですよ、自然な信仰に元ずく神です) 自分を取り戻した時目に映ったのは、嫌いなものに囲まれた自分、もう人生の大きな選択は全てなされ、自分で決められるのは死に方だけに思えました なんて事をしたんだ、と自分が許せなかった、自分が嫌いになり誇りも持てず、何の価値もない人生とあざ笑ってしまいました、でもこのまま餌食にされるのはごめんです どうしたら、状況を変えれるのか?生活の全体を見つめました 引っ越そうが、資金を作ろうが彼らには勝てない、勝っても追いかけて来ると痛感しました、彼らに勝つためには精神のレベルを上げていくしかない それからは<私を食い物したい輩>と<それはお断りですという私>の闘いです 一つ心が強くなると引き戻され、また立ち上がる、その繰り返しでした でも逆を言えばそれが訓練になり私を強くしました 私は現実世界に取り組むというよりも内面を整える事で道が開いていくタイプでした 自分の傷に向き合い、内面を整えていくとスーと道が開きそこを歩いて行きます メンターも次々に現れ、リレーをするように私を導いてくれました レイキ、ヒーリング、フラワーエッセンス、ヒプノetc 特にヒプノは私に合っていました 時間を超える事は容易で、 現世だけでは解決できないトラウマを溶かすためにとても役に立ちました そして最後に残った過去生の最も重いトラウマはリーディングと言う高次元から情報を得る手法によって昇華することが出来ました 自身の精神性が高まるにつれ輩は力を失い消えていきました エネルギーは高いところから低いところに流れていく、逆流はあり得ないのです 自己を回復させていくプロセスは私に巡礼の旅という一貫したテーマを与えてくれました 礼文島から与那国島まで点々と、海外はイギリスやペルー、エジプトにも導かれるままに行きました 諦めたのは南極だけ、移動ルートの確保が出来なかったのです、代わりにハワイへ行きましたっけ( ´∀` ) その旅も2025年に満了、カウントダウンの美しい花火と共に終わりました これからは新章突入です もし私の人生を通して、言える事があるとしたら 【諦めないこと、諦めなければ勝てる、そして高次からのサポートは必ず得られる】 【精神的な道のりは急がば回れ、時に危険な道が突破口と言う事もある】 あなたの人生に幸あれ♡