自分が自分のすべてを知っているとは限らない、と思ったことはありますか?
本当の自分は、自身が知るよりもずっと大きいかもしれない、と考えたことは?
例えば、
Aという人がいて、日本人で関東平野に暮らしていて家族はホニャララで
趣味はホニャララ、ただなんとなく虚しさがある、寂しい

なぜ?の理由は見つからない
友人もいる、仕事も順調、平和に暮らしている
人生は滞りなく流れていくのに・・
でも、友人がいて、死後が順調で、それがAさんの全てかな?
Aさんの知っている自分がAさんの全てとは限らない
そうは思いませんか?

虚しさは<記憶の欠落>を示すものかもしれない
と考えた事はありますか?
もし自分の内側を円形として見た時
一部分が欠けていたら、正円にはなれません
そこにあったはずの情報も、、見つからず空白が残ります
欠けていると(知らない、思い出せない)は似ていないだろうか?
本来なら完全な100%円形のはずの自分が少し足りない90%の自分を自分として認識するしかない
としたら、不足する10%に寂しさや虚しさを感じても当然でしょう

欠けてしまった情報は何だったのか?
いらない情報なら気にも留めず虚しさも感じないでしょう
でも、もしそれが、大切な情報なのに生きるために手放したのだとしたら
それだったら、虚しいのもわかる
のどの渇きを癒したいかのように求めるでしょう
どうする?どうすれば良いのか?
回復はある、と信じる事です
そして、自身の回復に努力する
その大切な情報を痛みと受け止め無くなれば自然と情報は解放されるそうですよ
情報は失われたように見えて、実は潜在意識の中に格納されるのだとか
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