私たちは何故、笑うのか

あの雪の日、衆議院選挙のあった日

あなたは自分が何をしていたか覚えてますか?

 

私はね、渋谷の小さなレンタルスペースで初めて会ったおっさんと揉めてました

オフ会のようなものに参加して、帰ろうと思ったらお酒の入ったおっさんと、運命の出会いをしてしまったのです

 

オフ会は午後1時から5時まで

飲食可能なレンタルスペースでプチ宴会?

 

図らずも待っていた運命の出会い

5時になっても、誰一人帰る気配も無くまだまだ楽しい時間が続きそうです

飲んで、話して盛り上がって

私は雪の影響が気になるので、席を立つことにしました

で、帰りしなに初対面の男性とメッセージでの連絡先交換をしたのです

それが運命の出会いの始まりでした

この運命がどこに帰結していくのか、誰も知らないままストーリーは展開していきます

 

オフ会の始まりに、自己紹介タイムがありました

私は絵を描くこと、そして個展を催したくてギャラリーを探している事をアナウンスしました、

そしたら一人の年配の男性が名乗りを上げてくれたのです

これがこの運命の相手

 

運命の出会いの人

彼は家族でオフ会に参加、奥様も子どもも孫もいた

痩せていて背は高め、ちょこっとなんとかジョブスを目指してるっぽい見た目

 

自己紹介で自分には使命があると高らかに発言されてました

人々を精神的な世界への理解に導くだったかな?

(へえええ・・・)

 

運命の人生脚本はこうして始まった

その方のスマホに私のプロフィールが表示された時、運命は怒涛のように動き始めました

彼はプロフィールを拡大して、私と画像を見比べ始めたのです

 

片手にスマホ、もう片方の手はぱっと開いて、私の方にまっすぐに向けられています、

彼は身振りで制止を指示しているのです

「違いすぎるだろう」

と、彼は大きく言い放ちます

私達2人を取り囲むようにして、何人ものオフ会参加者が見ています

(そんな事を言われたら私的には恥ずかしい、辱めを受けた感じ)

 

彼のオーバーアクションに視線が自然と集まってくるじゃないですか

彼の仕草はまるでプレゼンをやってるかの如しです

 

(カチーン!)

が・・電車が心配だったので、そのまま部屋を出ました

暗くなった歩道を歩いていると海底火山の噴火のように怨念が・・ドロドロ

 

運命の歯車はこう回った

早速メッセージを送りました

「先ほどのあなたの態度は不愉快です

リーディングをする女を見誤らないほうが良いですよ、

たぶんしばらく忘れないと思います」

これを翻訳すると

(この愚か者、目に見えるものしか感知できないのか?)

的な感じ感じ

 

帰宅して気がつくと彼からの返信が来ていました

「見誤ったとは失礼しました

覚えていてくれるのは嬉しいです

全部エネルギーとして活かしていきます、ありがとう」

みたいなことが書いてありました

 

これを翻訳すると

(謝る気など毛頭ない、お前のような小物は俺の力でどうとでも踏み潰せる

お前がどう思うが、まるで影響はないザマアミロ

お前のことは丸呑みにして俺サマの肥やしにしてやる)

てな感じ

 

怒髪天を衝いた私

怨念と好奇心がマックスになり

「上手いことを仰る、面白い」

「エネルギー、良いんじゃないですか」

と送信

 

翻訳

(本気か?やる?面白いやってみな?)

的な感じかな(笑)

 

ムカムカしつつも就寝

翌日はそのオフ会の主催者と会う約束になっていて、会って目が合った瞬間に

「昨日◯◯さんと何があったの?」

と聞かれました

(早いな、ここは村社会か?)

朝のうちに彼が泣きそうになって連絡をしてきた、・・・とか

と言ってましたね

私虐めてます?虐めてませんよね??

 

私への態度と全然違うじゃないですか

泣きそうな態度をとるなら、それは私に向けて、でしょう?

そうした方が流れはスムーズだと思うのですが、違います?

 

初対面で、ひと言も話をしていない相手と連絡先の交換をする時どうすれば良いか、コーチングでは勉強しないのでしょうか?

彼はコーチングの講師らしいのです

 

運命の出会いが運んだ思わぬ幸運に気づく

とにかく数日、私は悶々としていた

そして、ハッ!と気がついた

これは超美味しい話だ!

ここまでの話をもう一度振り返ってみましょう

私は不愉快な経験をしたので、怨念がしばらく晴れぬと先方に伝えました

 

そしたら相手はどーぞどーぞ大歓迎です

みんな貰います、ありがたい

と言ってくれたのです

 

こんなラッキーな話がある?

普通ないでしょ?

 

人を呪わば穴二つが常識なのに、穴二つを心配しなくていいと言われてるんですよ

あの人は私の怨念を全部引き受けると言ってくれてる、太っ腹

無期限に、私の好きなだけ

他人の怨念をもらって自分のプラスに変えて使う

これがドンだけ面倒くさい事かわかる?

ひと手間もふた手間もかかることをやってくれるって

なんて既得な方

 

スピリチュアルな何でも捨てられるごみ箱ゲット

まるで東京都の焼却場を一つ手に入れたようなものじゃない?

超ラッキー(*˘︶˘*).。.:*♡

絶対忘れない

 

彼は常習的にやってる匂いがする

この御方、私とのやり取りの時の動作が絵になっていた、

まるでプレゼンのようだった

 

コーチングの先生らしいので講座生に対して同じようなことをしているのでないかと匂わせるものがある

1人を晒し者にして場を盛り上げるみたいなこと・・・やってるんじゃないの?

 

 

さあ、ここらが本題です

本気出していきましょう、これまでの話は長い前座ね(笑)

問題です

【私たちはなぜ笑うのでしょう?】

 

考えたことはありますか?

私はこの人と会うまで、深く考えたことはありませんでした

そう考えたこともない事を考えるきっかけをくれたので彼は運命の相手、と呼びたい

笑顔はポジティブなもので、幸せや平和の象徴と思っていました

みんなが笑っていることは良いことだと思いこんでいたのです

 

みんなが笑っている明るい未来、その実態は何?

それは良いものなのか?を検証しましよう

例えば、考えてみて下さい

自然界において口を開く、あるいは口角を上げる時それはどんな状況でしょう?

 

威嚇か捕食か、ですよね

どういう経緯で、私たち人類はそれを攻撃性ではないものとして使うようになったのでしょう?

 

笑顔についてもっと考えてみて

赤ちゃんの寝顔をみて抱腹絶倒する人はいませんよね?

目が柔らかくなりそっと微笑む、こんな感じではないでしょうか?

美味しいチョコレートを食べた時

うわ〜ってつい口元が緩むけど、吹き出したり、ゲラゲラ大笑いはしませんよね

では、私たちが抱腹絶倒する時、声を上げて笑う時何が起きていて何に反応しているのでしょう?

 

犠牲者がいると私たちは笑う?

抱腹絶倒の中、そこに哀れな犠牲者、失敗をした人がいませんか?

私を周目の面前で笑った彼

集団で虐めをする子どもたち

今流行りのなんとか文書に出てくる人たち

フラクタルに繋がるものがあるんじゃないかしら?

 

事象は違っていても根底に同じ物が隠れているような気がします

あなたはどう感じますか?

 

笑いには秘密があると思う

まだフォーカスしたばかりなので、これ以上のことは言えないのですが

私たちのこの笑い、100年後もやっていたいですかね?

50年後は?

10年後だったら?

どうでしょう?

 

なので私はもうしばらくの間

私たちはなぜ笑うのか?

考えていきたいと思います

 

私はここに何か秘密がありそうな気がするんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

プロフィールなのですが、自分の事を書くのは気恥ずかしくて苦手です 人生を振り返ると大きく二つに分けられれると思います それは結婚前(ホワホワしてる♡)、結婚後(まさに修行) 結婚する前は何のかんの言いながらも平和に暮らしていました 自身を深く探る事も無く、人生は夢に溢れ、両親は世界で一番良い人だと思っていました 結婚は魂の目覚まし時計が鳴るような一大イベントでした 成人した時に母からこんなことを言われていました↓ 「25歳までは好きにさせてやる、周囲の誰も不幸にしない結婚をしなさい」 25歳を過ぎたらお前に自由は無い、お前の結婚は家族(母)のためだ、と言う事ですよね、恐ろしい母親 結婚は私を社会から切り離し、家族と言う牢獄に押し込める陰鬱なものでした 結婚して7年間が一番暗い闇の時間でした それは私の心の中に神を失っていたからです、結婚が決まる少し前私は失恋をしていました それはものすごくショックな出来事で、神に責められるのが恐くて、私が神を捨てました 神を信じない周囲の人々に混じって彼らのように暮らせば幸せになれる、と自分に言い聞かせました 実際は違いました、全体とのつながりを失った個人は狙われるものです、エネルギーを捕食したい輩から見たら格好の獲物です、潜在能力が高ければ尚更です 結婚して7年目のあの時私は自分を取り戻しました、そして神様とも仲直りしました (宗教の神ではないですよ、自然な信仰に元ずく神です) 自分を取り戻した時目に映ったのは、嫌いなものに囲まれた自分、もう人生の大きな選択は全てなされ、自分で決められるのは死に方だけに思えました なんて事をしたんだ、と自分が許せなかった、自分が嫌いになり誇りも持てず、何の価値もない人生とあざ笑ってしまいました、でもこのまま餌食にされるのはごめんです どうしたら、状況を変えれるのか?生活の全体を見つめました 引っ越そうが、資金を作ろうが彼らには勝てない、勝っても追いかけて来ると痛感しました、彼らに勝つためには精神のレベルを上げていくしかない それからは<私を食い物したい輩>と<それはお断りですという私>の闘いです 一つ心が強くなると引き戻され、また立ち上がる、その繰り返しでした でも逆を言えばそれが訓練になり私を強くしました 私は現実世界に取り組むというよりも内面を整える事で道が開いていくタイプでした 自分の傷に向き合い、内面を整えていくとスーと道が開きそこを歩いて行きます メンターも次々に現れ、リレーをするように私を導いてくれました レイキ、ヒーリング、フラワーエッセンス、ヒプノetc 特にヒプノは私に合っていました 時間を超える事は容易で、 現世だけでは解決できないトラウマを溶かすためにとても役に立ちました そして最後に残った過去生の最も重いトラウマはリーディングと言う高次元から情報を得る手法によって昇華することが出来ました 自身の精神性が高まるにつれ輩は力を失い消えていきました エネルギーは高いところから低いところに流れていく、逆流はあり得ないのです 自己を回復させていくプロセスは私に巡礼の旅という一貫したテーマを与えてくれました 礼文島から与那国島まで点々と、海外はイギリスやペルー、エジプトにも導かれるままに行きました 諦めたのは南極だけ、移動ルートの確保が出来なかったのです、代わりにハワイへ行きましたっけ( ´∀` ) その旅も2025年に満了、カウントダウンの美しい花火と共に終わりました これからは新章突入です もし私の人生を通して、言える事があるとしたら 【諦めないこと、諦めなければ勝てる、そして高次からのサポートは必ず得られる】 【精神的な道のりは急がば回れ、時に危険な道が突破口と言う事もある】 あなたの人生に幸あれ♡