考えてみると、私にとって死後の生があるのは当たり前なのです
<人生は一度だけ>と言うほうが謎
生まれ育った家では毎日、祖母が仏前で読経をしていましたし
祖父が夕食時に死後の世界の不思議を語る事も普通にありましたから
輪廻転生になんの疑問も持たず大人になりました
だからですかねぇ?
前世療法を受けるのに何の抵抗もありませんでした
10年くらいヒプノを続けました
今になって解るのは、それが後々の訓練にもなっていたという事
人生に無駄はないと痛感します
催眠の中で私は何度も死を経験しました
死んで終わりなんてことはありませんでしたし、お猿さんだったこともありません
呼吸が止まったら、死後の世界に直行です
いわゆる中間生です
そこは、世界を薄いベール越しに見るというか
世界に最初から墨が20%ぐらいかかっているような薄暗さなのです
影の中にいると言えば良いのかなあ
そこで最初にすることが人生の振り返りです
ガイドが来てくれて『人生で何を学んだか?』
の振り返りタイムが始まるのです
一度、さんざん怒られたことがありました
ある人生では貧しいだけのただの男でした
彼は冬の雪深い山奥で、山賊に捕まって無理やり仲間にされてしまいました
寒くて他に逃げ場も無く、致し方なし観念しました
食べ物もないし、分け与えられたものを食べるだけ
そういう状況なので食べたわけですよ、それを・・
だって仕方ないじゃん
それが普通は喰わんだろう?
と言うものだったのです
食べた私もすぐに死んでしまいました
それで中間生でその人生の振り返りが始まるや否や、ガイドにこっぴどく怒られたのです
「●●なんか食べるんじゃない!」
至極まっとうなお叱りでした
この話は絶対社会常識に沿わないし、良き隣人にはスルーされちゃう話です
過去生と言うだけで、まず信じてはくれませんしね
でも、99人が信じている事の方が嘘と言う可能性もありますよ
死んだら終わりだと、人生を投げ出す前に一考してみたらどうでしょう?
死んだら終わりだったら
このままで良いや・・と我慢できることもあるけど
死んだら、新しく始まると思うと
「今、ここで変えておく」
と思い立つ事もあるかもしれませんよ
実際、質量の無い世界で変化を起こすのは難しいようです
生きているうちが、花かもしれません
風が流れるように、花が舞うように軽やかに変化しますから
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