私の祖母の幼い頃は、死の教育があったと聞きます
人生はお花畑ではなくて、矛盾も葛藤ある混濁したものだ
その中で生の喜びを生ききるのだと教えたそうです
鬼滅の刃でもLASTのところで
【人生は長さをじゃない】って言ってましたよね
まさにです
子どもが生まれたら死ぬ事と生きる事と両方照らし合わせて教えた方が良いかもしれません
間違っても、死んだら終わりと恐怖を誘うようなことを教えてはいけませんね
この教えの究極の結果が表れたのが、コロナの時期だったんじゃないですか?
多くの人が死の恐怖に震えがって家の中に閉じこもりました
マスクをして家庭内での食事の時さえ、マスクをしてお互いを牽制したとか
今、聞くと笑い話じゃないですか?
社会の一隅には冷静な人たちもいたけれど・・敢えての沈黙
今なら誰もが自然に振り返れるんじゃないですか?
人生って時間ですか?
生きてれば良いいのですか?
家に閉じこもって、人を避けて呼吸さえ制限して10年呼吸が可能だったとして
そこに喜怒哀楽はあるのでしょうか?
【怒哀】はありそうですが
究極的に喜びが少なくないですか?
それで良いですか?
私たちはいかに長く呼吸するか?の記録達成のために生まれて来たのでしょうか?
あなたは自分自身に人生を何と説明したいですか?
あるいは子どもに、孫に、友人に
人は対比しないと学べない面もある
だからこそ、死を知るべきだと思います
死んだら終わりなのか?続くのか?
死んだら先が無い、と思うから
しがみつかねば!
誇りも人間性も振り捨てて、必死に、と思ってしまう
惨めでも良い、支配されていても良い、とにかく生きたい
人生にはそういう極限状態もある
でも、そうでない風にも使える
人生の一秒には時間を超える強さがある
一秒は一瞬だけれど、無限にもつながります
極論だけれどね
この時間を超えた時間で光に繋がる事も闇に繋がる事も出来る
人生は長さで決まるのではない、在り方だ、と思いますよ
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