旅日記⑦/久高島ナイトウォーク

最初に行ったのがカベール岬

次がロマンスロード、全部海岸。

 

降るような満天の星は望めなかったけれど、くっきりと浮かび上がるオリオン座は美しかった。

手に懐中電灯を持って海面に光を向けると驚くほどの透明度、緑碧の水。

透けるように見える。

闇に浮かび上がる沖縄本島の灯りも美しい。

私は十分満足していたのだけど

なぜか彼は、いるはずなのに出てこない椰子蟹にこだわった。

 

おかしいな、いつもはいるのに、とぼやきながら次々と場所を変えていく。

ツアーはいつの間にか〈星を見る〉から〈椰子蟹を探す〉に目的がチェンジしてしまった。

椰子蟹はおやすみDayらしく一匹もいない。

 

 

・・ついに彼は決断した。

「絶対行くなと言われてる場所がある、一人では絶対行かない」

車が島の・・に、方向を変える

(⁠ꏿ⁠﹏⁠ꏿ⁠;⁠)えっ?どこ行くの?

やめてえ~~~!

 

助手席で固まってる私。

今にも泣き出しそうなのを、根性でこらえてる。

 

行かないで、行かないで!!

でも行くんだよねぇ・・・

 

善意があらぬ方向へ・・

さっき霊が見えるか?って聞かれたんだ。

いいえって言ったら

何で安心してるんだろうと思ったけど、このためか?

 

見えないけど、気配は伝わってきます。

見えないのが幸いだよ。

 

ここはそういう場所だ!

「ここにもいないなあ」

と、ガイドの彼は残念そうだけど、椰子蟹なんかどーだって良い!

手に汗を握る、緊張感が半端ない

 

結局、椰子蟹には一匹も見つからずツアー解散

ガイドの彼は、はどこか残念そう。

 

何故かツアー代金を割り引いてくれました。

椰子蟹がいるかどうかは、人が責を負うことではないし、ツアーのメインの目的でもないと思うんだけど

良心のある人なんだな。

 

高野山のナイトツアーも怖かったけど、久高島も怖かったあ。

でも、これでくたくたになってぐっすり眠れるだろう。

 

ホッとして、肩から力抜いた・・・あれ?

部屋に入って5分、ドアを叩く音が、

今度は何かな・・

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」