何も混ざっていないとなぜ断言できる?

宮崎駿監督のもののけ姫好きな人~?

私はナウシカの頃から宮崎さんのアニメが好きです

 

あの映画の後半で人が猪の皮を被って、群れに紛れ込むシーンがありますが覚えてますか?

今だけ、それを覚えておいてください

あとで繋がるので

 

ところで人間の集団の中でもあれと似た事が起きていると思ったことは無いですか?

アレですよ

特有の男性に見られる、変わった性癖

同種の未成熟な幼体にエロスを感じるという指向性

 

街角で子どもを見かけた時など

どこをどうやったら、この子ににセクシャリティを感じるのか?

首をかしげます

もっとこう、いろいろと筋肉ついてる方が良いんじゃないの?

 

あれはもうセクシャリティを超えてるのではないかなあ?

違う動機、原動力があるんじゃない?

 

野生の世界だったら成熟した雄が同種の幼体を襲ってたら、その種は滅んでしまいますよ

この話を聞く度に私は思うのです。

【人の皮を被った何かが群れに混じっている】

もののけ姫のあのシーンが浮かびませんか

イノシシの皮を被って人間がイノシシの群れに混じり混んてるあのシーンですよ

あんな感じです

とりあえず繋がったでしょ( ´∀` )

 

捕食する方が被捕食動物のふりをしてその中に混ざってしまえば

好きな時に好きなように獲物を襲えますよね

そしてすぐに跡形もなく消えることが出来る

 

こんな要領で人の中に異種のものが混ざっているのではないかしら?

と勘ぐってしまうのです

私達は群れは安全だと信じている羊みたいなものです

好きなようにやられてしまっている

 

こういうことなんじゃないかなあ

何か異質なものに寄生されてるんじゃないの?

冬虫夏草とか変な生き物は自然界にもあるあるだし

だって普通ではしないでしょ

種の保存の法則に反するもの

 

この指向性はアセンション後の世界では破綻すると思う

今がギリなんじゃないかな?

高次元世界らしくないもの

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」