息子への手紙

連絡の取れないアホ息子に手紙を出しました。

ラインでね。

 

これが読み直してみると結構良く書けているのですよ。

我ながらほれぼれしちゃう。

このまま御蔵入りは勿体ない気もするので、こにアップします。

(既読にもならんので・・)

気になった方、お時間のある方よろしければ読んでみてください。

 

我が息子でもあり、不肖の弟子でもあり、盟友である◯◯君へ

長引く病に忍耐強く日々を過ごす姿。

受験に挑む姿勢。仕事をこなしていくいく様子、感心してみていました。

オセロをひっくり返すように、物事を打破していく姿はカッコ良かったです。

 

でも、同時に何も出来なかった自分をまざまざと見せつけられるようで、心が焼けるように感じる事もありました。

  • 仲間がいる
  • 才能を発揮する場がある
  • チームが組める

私は良いな、と思います。

 

あなたはきっと他人には見えない苦労がある、誰も彼もが仲間じゃない。

とぼやくでしょう。

それでも私は羨ましいです。

 

私の人生における覚醒の時

私の精神的な覚醒は遅く、生まれて間もない3番目の乳飲み子を抱えていた時でした。

あなたの三人目の兄弟です。

盲が開かれるとい言うのはああいう事を指すのでしょう。

意識がはっきりして、人生全般を見渡せました。

 

結婚生活が満たされていない事は一目瞭然。

しかも人生の大切な事は全部選択してしまった後で、残された自由選択は死に方を選ぶことだけしかない。

そう思えました。

 

NO!と言えない人生は嫌いなものであふれかえっていました。

嫌いな職業、嫌いな人間たち

これらの嫌なものを全部初期化しようとするとあなた達まで初期化しなければならない。

それは出来ない相談に思えました。

 

【現状で最善を尽くす】と言う事

この言葉はよく耳にする言葉ですが、私自身もメンターから散々言われてきました。

充分にそれが出来たとは思えません。

結局、嫌いなものを好きにはなれなかったのです。



それでも、人生を振り返ると

やはり人には伸び時があると思えます。

 

50代まではなんのかんのと言っても成長は可能です。

変化は起こせます。

でも60代になると、ガラッと変わります。

 

人生の答え合わせが始まるのです。

これには私も驚きました。

 

以前のように変化のための圧力もかかっては来ません。

もう高くは飛べないでしょう。

 

その代わり、それまで得られなかった人生の解答をみつけるとが多々あるようになりました。

人生が完成のターンに入ったのだな。と感じています。

再度言いますが

【現状でベストを尽くせ。】

それは本当です。

 

私はできなかったけど、本当です。

今、経験していることの中に全てがあります。

 

たとえ今は人生はばらばらの暗号の集まりに見えたり

人生は価値のないもののように感じられたとしても必ず謎が解ける時が来ます。

そして、それは気が遠くなるような時間の果てではありません。

すぐそこの未来です。

 

自身の健康を気遣い、周囲の人への穏やかな気遣いを忘れず、

男であるという誇りを持ち、武士のようにかっこ良く生きて下さい。

最近は誇りのない人が増えてような気がします。

 

私にとっての絆とは?

私は喧嘩の耐えない家庭で育ちました。

だから温かい団欒も知らないし、コミュニケーションも他の人よりも下手かもしれません。


そういう私が絆について最近考えるようになりました。

絆ってなんだろう?ってね。

 

あなたの妹が高校生の頃、外出先で原因不明のままプンプンになる事が多々ありました。

私はムカついて置いていこうか?

と逡巡しながらも彼女を見捨ててこなかった。

 

これが私なりの絆かな、と最近思うようになりました。

良い関係だから繋がっている、というわけではないということです。

良くも悪くも波があっても繋がっている。

 

それが絆なのかな?と思い始めています。

でもこれはパラノイアには言わないほうが良いらしいですよ。

 

あなたとの絆

そしてあなたとの間にも絆はあると思っています。

丸抱えの赤ちゃんのような長男。

それでも社会的には漢として生きているのだろうから、まあ良いか。



この世界のどこかであなたが暮らしている。

私はあなたの帰還を待つ。

それが私なりの絆かな?と思い始めています。

勘違いしないでね、さっさと帰ってこい。

と望んでいるわけはありません。

 

好きなだけ、好きなようにやって下さい。

私はメソメソしながら、◯◯君早く帰ってこないかなあ

と空を眺めてはいません。

それはあと10年くらい先の話です、多分。

 


猫と戯れ、時々マージャンをして、絵を描いて。

ご飯を食べて、時々は喧嘩もして日々を暮らす。

そうやって、この世界に私がいる。

【あなたには帰る場所がある。】

ということですかね?

私が言いたいのは。

 

でも、無理に帰ってくる必要はありません。

良いのです、あなたがこの世界で呼吸をしていれば、安堵していてくれたら最高だけど。

人生は短いけど、魂は永遠です。

 

一つの人生で出来る事には限りがあります

一回の人生で全てを得る人間も、全てを理解する人間もいません。

魂の成長には時間がかるのです。

そして、何一つ無駄はありません。

 

ペルーに行く前にあなたに会えて良かった。

私が人間らしさを失う前に会えた。

それで充分です。

もうちょっと、笑っていては欲しかったけどね( ´∀` )

 

あなたが、目にしている事、体験している事に最善を尽くしなさい。

人生は永遠じゃない。

時間は限られていて、出来る事も限られている。

神も誰もあなたに完全性を求めてはいない。

足掻きなさい、泣いて笑って、

そのしょうも無い事が人生です。

 

何を選んでも選ばなくても

必ず、出来なかったこと、取りこぼした事、答えを出せなかったことは出てきます。

 

それで良いのです。

人は全てを得ることは出来ない。

得たものから宇宙を察し、世界を知れば良い。

だから人それぞれ答えは違います。


母はねえ、そう思うのよ。

では元気でね、◯◯君

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ABOUTこの記事をかいた人

プロフィールなのですが、自分の事を書くのは気恥ずかしくて苦手です 人生を振り返ると大きく二つに分けられれると思います それは結婚前(ホワホワしてる♡)、結婚後(まさに修行) 結婚する前は何のかんの言いながらも平和に暮らしていました 自身を深く探る事も無く、人生は夢に溢れ、両親は世界で一番良い人だと思っていました 結婚は魂の目覚まし時計が鳴るような一大イベントでした 成人した時に母からこんなことを言われていました↓ 「25歳までは好きにさせてやる、周囲の誰も不幸にしない結婚をしなさい」 25歳を過ぎたらお前に自由は無い、お前の結婚は家族(母)のためだ、と言う事ですよね、恐ろしい母親 結婚は私を社会から切り離し、家族と言う牢獄に押し込める陰鬱なものでした 結婚して7年間が一番暗い闇の時間でした それは私の心の中に神を失っていたからです、結婚が決まる少し前私は失恋をしていました それはものすごくショックな出来事で、神に責められるのが恐くて、私が神を捨てました 神を信じない周囲の人々に混じって彼らのように暮らせば幸せになれる、と自分に言い聞かせました 実際は違いました、全体とのつながりを失った個人は狙われるものです、エネルギーを捕食したい輩から見たら格好の獲物です、潜在能力が高ければ尚更です 結婚して7年目のあの時私は自分を取り戻しました、そして神様とも仲直りしました (宗教の神ではないですよ、自然な信仰に元ずく神です) 自分を取り戻した時目に映ったのは、嫌いなものに囲まれた自分、もう人生の大きな選択は全てなされ、自分で決められるのは死に方だけに思えました なんて事をしたんだ、と自分が許せなかった、自分が嫌いになり誇りも持てず、何の価値もない人生とあざ笑ってしまいました、でもこのまま餌食にされるのはごめんです どうしたら、状況を変えれるのか?生活の全体を見つめました 引っ越そうが、資金を作ろうが彼らには勝てない、勝っても追いかけて来ると痛感しました、彼らに勝つためには精神のレベルを上げていくしかない それからは<私を食い物したい輩>と<それはお断りですという私>の闘いです 一つ心が強くなると引き戻され、また立ち上がる、その繰り返しでした でも逆を言えばそれが訓練になり私を強くしました 私は現実世界に取り組むというよりも内面を整える事で道が開いていくタイプでした 自分の傷に向き合い、内面を整えていくとスーと道が開きそこを歩いて行きます メンターも次々に現れ、リレーをするように私を導いてくれました レイキ、ヒーリング、フラワーエッセンス、ヒプノetc 特にヒプノは私に合っていました 時間を超える事は容易で、 現世だけでは解決できないトラウマを溶かすためにとても役に立ちました そして最後に残った過去生の最も重いトラウマはリーディングと言う高次元から情報を得る手法によって昇華することが出来ました 自身の精神性が高まるにつれ輩は力を失い消えていきました エネルギーは高いところから低いところに流れていく、逆流はあり得ないのです 自己を回復させていくプロセスは私に巡礼の旅という一貫したテーマを与えてくれました 礼文島から与那国島まで点々と、海外はイギリスやペルー、エジプトにも導かれるままに行きました 諦めたのは南極だけ、移動ルートの確保が出来なかったのです、代わりにハワイへ行きましたっけ( ´∀` ) その旅も2025年に満了、カウントダウンの美しい花火と共に終わりました これからは新章突入です もし私の人生を通して、言える事があるとしたら 【諦めないこと、諦めなければ勝てる、そして高次からのサポートは必ず得られる】 【精神的な道のりは急がば回れ、時に危険な道が突破口と言う事もある】 あなたの人生に幸あれ♡