かつて、あるいは今
機能不全の家庭で過ごさざるを得なかった仲間へ
私たちの成長は、砂漠を歩くがごとくに過酷だ。
生きることが、既に挑戦だ。
でも、どんなに徒労のようにに感じられたとしても、私もあなたも成長できる。
赤ちゃんから子どもに大人になれる
それは一瞬で起こるかもしれないし、人生の大半を費やすような時間かもしれない。
でも、その時は必ず来る。
朝日が昇るように必ず来る。
でも、それが起こるのはあなたが自分以外の何かになれたからではない。
人よりも多くのお金を得たから、人よりも高い地位についたからでもない。
その時が来るのは、
私やあなたが。じぶんを忘れなかったから
自分の傷に手をさしのべ、自分に癒しを与えたからだ。
この世界にそれがいつ来るのか断言できる人はいない。
確信もない、確認もとれない。
何時の夜を焦燥感で、孤独感で、虚無感で過ごした事か
何度もギリギリに追い詰められた・・・それでも私は諦めなかった。
これからも、何のかんの言いつつ諦めないだろう。
あなたもたぶん諦めない、自分を信じ続ける。
そうすれば、私たちはいつか、どこかで笑って出会えるだろう。
仲間を見つける事が出来る。
あなたの瞳の中に私を確認し、私の瞳の中にあなたの姿がある。
人はもう一人を知る事によって、自分を知る。
だから、どんなに寂しくても虚無感があっても、憎かろうが苦しかろうが
今日一日を生きる、明日一日を生きる
死んだような人生だと思う時もあるかもしれないけれど、それでも生きる。
私達は一人だけれど独りじゃない
だから、生きる。
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