駅限定で聞こえてくる声

春からアレルギーの治療を始めました。

それにともない電車を利用する回数が頻繁になり、駅で<あの声>を聴く回数も、倍増しました。

正直、うんざりしています。

駅で声が聞こえるようになったのは、去年の夏頃。

細い微かな女性の声です。

お~い」と聞こえてきます。

細く、空間から滲み出してくるような声です。

最初は、気にしませんでした。

(空耳かしら・・)

滅多に電車も利用しませんから。

でも今は・・毎週のように電車を使いますので、ウザイ。

しかも相互の会話は成立しないのです。

「おはよう」と声をかけても

「今日はそっとしておいてほしい」と言っても

一方的に声をかけてくけてきます。

嫌な感じです。

もう少しで改札を抜けられると気を抜いた瞬間。

お~いと聞こえて来るのは、まるで弄ばれているようです。

一旦聞こえてしまうと、気持ちが一気に沈みます。

不成仏霊とかではないらしい。

でも、会話は成立しない。

なんで、私が改札に近づいたことが解るのか?

(弄んでるな!)

(改札をもうちょっと出る、とこちらが気を抜いた瞬間を狙って声をかけてくるなど、意図があるだろう!)

と、革新した瞬間、怯えのようなものが一気に敵意と戦意に変りました。

(付きまとってくるものが良いものであるはずがない!)

100%敵認定です。

さあ・・どうすれば良いか?

(周波数は周波数じゃない?)

波動の原理ですよね、拮抗する波形をぶつければゼロになる。

なので、それからは改札を通ったら・・・経文を唱える。

ぶつぶつ、ぶつぶつ歩きながら言ってるわけですわ。

これは成功しました!

気を良くしたので

レパートリーを増やそう♡

森のくまさん・・・✖

宇宙戦艦ヤマト・・・〇

セーラームーン・・・△

次々と歌いました。

あと何を歌ったかなあ・・

島唄は・・・✖だった気がする。

未だ歌ってないけれど、絶対の自信があるのがアベ・マリア

こんな感じでわりかし、対抗できていました。

でも、いつもいつも、歌ったり経文唱えたりは流石に気が引けて・・・

少し控えた時期がありました。

お盆もあったしね。

お盆が明けて、電車に乗るとやっぱり聞こえる。

我慢できるのは1.2回の事。

で、再開したら

まさかの!抗体獲得みたくなってる!

経文をものともしない!歌っても聞こえる!

分かる?

私の舌打ちしたくなるような気持ち。

小さくなり始めていた声のヴォリュームが大きくなり

勝ち誇ったかのように聞こえるわけ・・

今か今か、改札抜けるぞ、さあこの瞬間に!
「お~い」

と聞こえてくるわけ。

駅のアナウンスに混じって「お~い」

駅のトイレに行けばあちらこちらから「お~い」

関東離れて、大阪へ行っても「お~い」

嫌ですわあ~~~。

メンタルやられます。

一から仕切り直しです。

夏から秋に変りそうなのにまだまだ暑いあの頃の事です。

#本当にあった怖い話

#姿無き声

#東京駅、大阪駅

#お化けは駅が好き

#呼びかける声

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」