ある輪廻の話
彼は今、限られた数の仲間と未知の惑星に降り立とうとしている。
なぜなら、彼の母星は崩壊したからだ。
核戦争のためとも、地殻変動のためとも言われるが真実は隠蔽されたままだった。
彼は移民段の船の一つにいる。
この星の生態系は若く、知的生命体と言えるものはいない。
彼のこの星での使命は、
同胞の遺伝子と、原生動物を掛け合わせ、ハイブリッドを作り出す事。
数の少なさをそうやって補うと、この移民団の長が決めたからだ。
彼には別段、何の文句も無かった。
彼はどちらかと言えばマッドサイエンティストと呼ばれる部類の医者だったからだ。
正義の名のもとに人体実験ができる、結構なことではないか。
未来のため、存続のためと称賛されながら、人体を切り刻める、頬が緩むね。
問題は実験体だ。
かけ合わせる原生生物はいくらで見つかるだろう。
だが、こちら側の人数には限りがある。
彼は長の耳元でささやいた。
「宇宙船のパイロットから選べば良い。」
「星にたどり着いてしまえば、彼らの仕事は無い。丁度いい口減らしになりますよ。」
長の目が、怪しく光った。
選ばれたのは一人のパイロット。
ただ、あれが選ばれた理由は、他にもあった。
パイロットの男は、彼が求愛し断られた女性の恋人だった。
長にも理由があった。
長はパイロットに求愛し、彼女自身が拒まれていた。
二人の目的は一致したのだった。
三人が所属する社会形態は強固な縦型社会で上からの命令には逆らえなかった。
個人の自由や尊厳はティッシュ一枚ほどの重みしかなかった。
種の存続、のためならば個人の犠牲など・・当然。
彼らの種は惑星に降り立った人数が全てだったのだから。
母星は既に無い。
パイロットの手術は無事に終わった。
予め脳が手術され、感情や理性を司る部分は切除され肉体を維持するのに必要な機能だけが残された。
大きなカプセルが用意され水溶液で満たされて行く。
そこに頭はパイロット、体は原生動物と言う異質な形態が収められていく。
これからこの生命とも機械とも言えないものから、おびただしい合成生命体が構成されて行くだろう。
命の一線を越えたキメラの創造に皆が歓喜した。
夜半・・水溶液の中に沈む、同胞を見つめる女が一人。
誰にもまだ打ち明けていない、パイロットの秘密の恋人だ。
彼女は彼が実験体に選ばれる会議に参加していた。
が、一言も発する事は出来なかった。
この集団では命令は絶対のものだ。
秘密を打ち明けていたら彼を救えただろうか?
なぜ、彼が選ばれたか?
それは誰も触れてはいけない禁忌となった。
彼女は毎日、水槽の中の彼を見つめて仕事をつづけた。
若い惑星には食べられるものも限られていた。
植物の品種改良も急がれる課題だった。
彼女はトマトを始めとするいくつかの食物を作った。
そして、ある日 施設のどこからか出火した。
全焼に近い火事、
これからは文明も失われ、若い惑星の生態系の一部として生きて行くのだろう。
彼女は彼の入ったカプセルから離れなかった。
立ち昇る炎の向こうに必死の形相で逃げて行くマッドサイエンティストを見た。
あの目、あの血走った目はどこかで見た事があるのではないか?
陽も入らない地下室・・・天井が開いていく・・・・
彼女の意識は煙の中で消えて行った。
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