ある輪廻の話
暗い闇から意識が浮かび上がるように、その男は目覚めました。
暗く重く立ち込める雲、吸い込むと肺が痺れるような冷たい空気。
彼は生き残らなければならない。
それは彼の内に深く根付いている執念のようなものでした。
生き物は喰うか、食われるか
死にたくなければ、強くなるしかない。
それは彼が貪り食いつくした、ウサギの屍が雄弁に物語っていました。
彼の暮らす土地は、急速に寒冷化が進んでいました。
今回の春は何とか雪解けを迎えたけれど、次の春に雪が解ける保証があるのだろうか?
それは彼の部族、民族全員が共有する恐れでした。
一つ山を越えると、ここよりは穏やかな気候の平地がある。
そこならば、全員で平和に暮らせるだろう。
孫の孫までも、ウサギを追い、キツネを狩って暮らせるだろう。
彼の脳裏には平和な未来図が展開します。
しかし・・ここに解決しなければならない問題が一つあります。
その豊かな平地にはすでに先住者がいたのです。
その土地に二つの部族が共存できるほどの資源はありません。
そこに生きるものは一つの民族のみ、一つの文化文明のみ。
彼に分かっているのは生き残らなくてはならない、と言う事。
この世界が生を許すのは強者のみ。
彼の意思は、部族の、そして民族の意志となり、もう一つの異民族に襲い掛かりました。
最果ての地で、起こったのは民族と民族との生き残りをかけた戦い。
一人を許せば、足元をすくわれる。
負けた者に生は無い。
それが彼の知る唯一のルール、彼の時代のルールです。
女は奪い、子は殺す。
殺しつくして、彼は雄たけびを上げます。
そして、最後の血祭りに引き出されたのが敗者の王
彼の怒りは民族の怒り、彼の悲しみは破れて行くものの慟哭です。
理不尽に襲撃されたと言う<正しい怒り>は彼の瞳の色を一層濃くし、怨念の深さを物語ります。
勝った王と、負けた王。
二人の視線が交わったのは、今にも命を奪うぞ!と言う瀬戸際
それぞれの脳裏に一瞬映像が浮かびました。
かつて、こうして彼を見下ろしたことがあったのではないか?
見下ろされたことがあったのではないか?
勝った王は記憶を探ります。
彼の瞳はどこかで一度見たような気がする。
敗者ゆえの、正しい怒りと怨念と悲しみにくれた、あの青い瞳・・
瞬間、振り下ろされた大剣のもと、敗者の王は絶命し、王の記憶は霧散して行きました。
いずれ、遥かな時の彼方で大地に流された血が二人を呼び戻すのでしょう。
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