麻賀多神社に招かれる

去年の暮れのことです。

長~い電車の旅をして、麻賀多神社。

あの日月神事の降ろされた神社です。

 

行きはよいよい、帰りも・・良い良い。

公津の杜、という駅からタクシーで片道・・・・ううっ!言いたくない。

車で行ける人は車で行くが。吉。

ここでタクシーをお願いして、往復の交通を確保

最初にここを訪れた時には、どんなところか知らなくて、危うく関東平野の片隅で遭難騒ぎになるところでした。

浅草寺みたいなところかな?と思っていたのです。

だから、神社で帰りのタクシーも確保できると思い込んでいたらとんでもない。

ナビを頼りに歩きだしたら、なぜか農道に入り込み、

タイミングよくスコールのような雨!!!!

全身ずぶ濡れ・・・

だから、もう自分で歩こうとか、思いません。

高かろうが何だろうがタクシー、一択。

 

さて、麻賀多神社はどんな感じ?

参拝者の車が何台か路肩に止めてあり、人気はあるようです。

安堵で肩から力が抜けます。

初めてきた時は、それこそ誰もいない、静けさしかない様な空間でした。

人がいるとある程度、人よりの磁場って言うのですか?

安定するのです。滅多なことも起きないでしょう。

 

鳥居で一礼、気を引き締めて参拝です。

 

『2022年の冬においで・・』

とお話を頂いたのは去年の今頃、

 

気が引き締まります。

畏れると言う言葉に値する存在との邂逅。

 

境内でいくつか写真を撮り、そそくさと退散です。

鳥居のところで、再び一礼

「ありがとうございます」

 

そして、もちろんメッセージを頂いております。

麻賀多神社は日月神事の降ろされた場所

エジプトの神々とも縁が深いようで、書記に関わる神様と縁があり文章が降ろされる場でもあるそうです。

いただいたメッセージのテーマは戦い(核戦争)です。

次の記事でメッセージをお伝えしますね。

 

 

 

 

過去記事ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」