2022/北海道 美味しい寿司には巡り合えない運命?

前回北海道を旅した時には旭川でお寿司を食べました。

北の大地の寿司はどれほど美味しいんじゃい?

と思って、店を探しましたが、これと言うお店は満席で入れず運を天に任せて

そこにある寿司屋へ一歩踏み込む。

 

狭いカウンターで身を寄せ合って食べる寿司、どれほど💖と思いきや

寿司職人がカウンター越しに叫ぶ

「注文は待って、今忙しいから」

「はあ?」

しばしの<待て>・・・その後注文。

出てきた寿司は・・都内で食べる方がよほど美味しいそれ。

ガッカリして店を出た記憶がありました。

 

今回は小樽ですから、美味しい寿司を巡り合えるだろうと期待していました。

とりあえずぐるなび上位の店を予約。

期待は大です。

でも、出て来たのはタッチパネル。

回転寿司にあるアレです。

(なんで北海道くんだりで、タッチパネル?)

その店で一番記憶に残ったのは柳魚シシャモ。

次が牡丹海老。

あとは普通。

 

北海道で美味しい寿司を食べる、引き当てる才能がないのか?

虚しく夜景に浮かび上がる他の寿司屋の看板を眺める。

そして、蛾を踏みつけないように気をつけて歩く。

何だか虚しい北の空。

初めて小樽に来たのは10何年か前。

その夜は大地に染み込むような哀しみ

名も無き人々の愛と哀に、心が引きちぎられそうだったけど

時が経った今は違う意味で悲しみが止まらない。

炙った烏賊を探さないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」