心の傷は帰り道を照らす灯り

今年一年を振り返るとアクセル全開で飛ばしてきた感じがします

その善きアドバイザーがMさんでした

チャネラー兼、アドバイザー兼のメンターみたいなものでした

彼女がいなかったら、私は今年一年、何もできなかったと思います

 

記憶をたどっていくと

このMさんと出会うためには

紹介してくれたTさんと出会ってなくてはなりませんでした

 

そして、Tさんと出会うためには

波動の概念、量子力学の基礎理解が必要でした

これを教えてくれたのが波動療法家のAさんとフラワーエッセンスプラクティショナーの七歩子さんでした

彼女たちに会ってなかったら、やっぱり先に進めなかったでしょう

さらには、この二人に会うためには

Sさんという人と知り合う必要がありました

 

Sさんに会うためにはもう名前も忘れてしまったセラピストに会っていなくてはならなくて

この人に会うためには

ウィリアム・レーネンさんのヒプノセッションを受けてないとどうにもならなかった

このヒプノを受けるためには

私は傷ついて癒やしを求めていなくてはならなかった

 

結局、傷ついた私だから辿れた道があった、という事ですね

無傷だったら私は何もしなかったと思う

オコタでTVを見ている方が楽だったし

人の輪から外れるなんてことも、する必要がなかった

傷は宝物、傷は帰り道を照らすライト

と言えるんじゃないですか?

 

蓋をしたり、無い振りをしたりしない方が良いですよ

そう言うのが一番、事を荒立てるに違いないですから

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」