Christmasまでの時間

このブログ<Re:born>はアセンションを一つのテーマとしてしますが、時事情報を聞いているとハラハラします。

もうアセンションなんかどうでも良いから、大事なのは今じゃない?

と思う事が多々あります

 

アセンションについては分かる人は言葉がなくても理解する

準備の出来ていない人は、百万の言葉で話しても全部スルー

BIRTH VISIONの違いでしょうか?

アセンションを人生のイベントとして生まれてきている人とそうでない人では受け止め方が違いますよね

 

この世界、見えるものが全てじゃない、は随分浸透してきましたが・・

最後の悪あがきの様に目を背ける人はまだまだいますよね

五感を信じすぎてるのかな?

 

五感はただの情報器官

それだけに過ぎ無いのにね

 

五感を超えた世界への認識を取り戻さないと微睡んでいるうちにやられちゃいますよ

今となっては、いつまでも未来があると思わない方が普通かも

特に平和な未来が

平和な来年を予言する言葉ほど怪しいと思ったほうが良いかも

今度のクリスマスがラストクリスマスでない保証を誰かした?

 

その時まであと何日ある?

100日無いよね

他所サマの水を取り合ったり、

食べ物を薬漬けにしたり、内臓を売り買いしてる暇はない

でしょ?

 

来年をグレートリセットと呼ぶ人もいるみたいだけれど

どこまでがリセットされるのか?

 

問題はそこよ

美味しいお菓子も、美しい楽曲もあるうちが華

なくなってから惜しんでも、どーにもならない

〈いまなら未だある〉ものは多い

それは物質だけじゃない

 

親兄弟が健在なら一緒に時間を過ごしたほうが良いし

想う人がいるなら・・言葉はいらないよね

懐かしい友人も、懐かしい景色も

 

ほら、思い出して、

メガソーラーでなくなってしまった景色もあるでしょう?

あれがもとに戻るとして何年かかる?

ね・・あるうちが華なのよ

 

今の時間を大切にしましょう

今、あるものに感謝♥

 

 

#Ascension語の世界

#Last Christmas #感謝

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」