世界には秘密が<一杯>あるらしい

連日の暑さには参りますね、たまりませんよ。

ところであなたは聖書を読んだことありますか?

ギリシャ神話は?

 

私は、子どもの頃に夢中で読んでました。

神々の超自然的な話は胸踊りました。

聖書は児童書として一度読んだきりで大人になりました。

大人になって読んだら、あらビックリ!

だって、宇宙人が出てくる!(笑)

 

聖書に出てくる失楽園の蛇とギリシャ神話に出てくるプロメテウス。

2者が同じものだ、と耳にしたのは最近の事。

えっ?と思いましたよ。

 

大地が崩れるような衝撃でした。

だってイブを騙した蛇は悪役で、プロメテウスはヒーローですよ。

内なる引き出しに別々にカテゴライズされていて、共通項で結び付けられなかった。

アレがソレなら・・神って何者?蛇って何なの?

だって、だって神は

知恵を得た後のアダムとイブを楽園から追い出したし

 

プロメテウスは捕まえて拷問ですよ。

岩に縛り付けられて毎日毎日肝臓を鳥についばまれるんでしょ?

決してご褒美じゃないですよ。

 

この二つの話は一体何を象徴的に表しているのでしょう?

蛇は人に知恵を与え、プロメテウスは火を与えた。

これはどう見ても良いこと・・人の立場から見たらね。

 

神のに姿で作られて知恵さえあれば神と同じになれる者って何?

バイオテクノロジー?

遺伝子工学?

私達の始まりには神話を越えた科学があるかしら。

神と呼ばれるものは超巨大コンピューター?

私達はその巨大コンピューターをモデルに作られた量産タイプのパソコン?

 

最初は優先でマザーコンピューターと繋がっていた。

それがモバイルになった?

 

なったは良いけど、その先は??

大きなシステムから外れたモバイルはバッテリーが内蔵されている。

 

超大型コンピューターの動力源は狙えないけれど

モバイルなら狙える、蛇の目が光る。

狙われる?

私達はどこを目指せば良いんだろう?

有線でのエネルギー供給は無くなり、バッテリーでは活動限界がある。

しかも簡単に取り出せるなら・・

 

蛇の目的は何だったのだろう?

智慧を良心から与えたかったのか?

神から奪えない魂を代わりに人間から奪いたい?のだろうか?

 

繋がりを失って、弱くなった私たちは

何を目指し、何をゴールとすれば良いのだろう?

最初の人間はリンゴを食べて良かったのだろうか?

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」