旅日記⑥/久高島in沖縄/まずはカベ―ル岬へ

フェリーに乗ってぼんやりと海の景色を見つめる時間。

これもまた良し。

これから何が待っているのか、を考え始めると憂鬱なんだけど。

 

フェリーは島に到着。

何となく覚えている記憶をたどってレンタサイクルを借ります。

以前着た時よりもさらに経年劣化しているのが悲しい。

あのまま野ざらしで時間が経ったのかあ・・

 

まず島内地図を頭に入れます。

東西南北ぐらいは入っていないとね.

 

最初は王道カベール岬に舵を切る。

行け、自転車!

右の樹木の向こうは海 左が島の中央部分。

ず~とまっすぐ行きます。

 

ここをキックボードなどでスラ~と行く青年もいます。

結構きついけど、電力無しでも充分行ける距離です。

3回目ともなると、以前よりも早く着いた気がします。( ´∀` )

 

原初の神が降臨した場所だそうです。

なぜ、神はここを選んだのでしょう?

ちょこっと横に目をそらせば、もっと広い沖縄本島があったのに、その頃は無かったのかな?

カベ―ル岬到着

 

先客達の戯れる様子を肴にしばし座り込んで、景観を楽しむ。

一人旅は仲間と楽しそうにしている図が羨ましく感じる時もあります。

めんどくささもあると、知ってるけど・・・( ´∀` )

 

さあ、カベ―ル岬を堪能すると・・どうしようか迷う。

島の奥には行きたくないし、裏側のロマンスロードに行ければ良いけど

真ん中を通らずに行ける?

 

御嶽には近づきたくない。

ちょこっとだけなら大丈夫だろうと思って、島の内側の方に自転車を向ける。

自分の感覚ではヤバいところは避けてるつもりなのに・・・

 

‥気がつくと御嶽の入り口にいる。

ぞわぞわしながらUターンしましたよ。

さすがに夕方まで自転車乗り回す体力も無い、そんなに行きたい場所も無い。

これからどーしましょう?

 

とりあえず、夕食の食べられるお店の場所を確認。

なぜかメインストリート的な場所にはお店が無いんですよ。

島の端っことか、くらいこんもりした森の奥とか

森ともいえないなあ・・・

 

ハッと気づくわけ!

普通の時間に食べに行ったら、真っ暗な通りを歩かなくてはならない!

これはヤバいよねえ・・・。

 

 

 

#久高島の島時間 #カベ―ル岬

#久高島 #神の島

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」