旅日記⑤/久高島in沖縄/いざ久高島

・・ぐったりしてます。

昨日は竹富島でサイクリング。

これが予想以上に体に来た。

疲れちゃって目線を上げるのもダルい。

眼の前には蒼い空と青い海があるのに、キラキラ。

遠く水平線に見えるのか久高島

ここは安座真港、フェリー待合所。

レンタカーで那覇から約1時間弱。

午後の便で久高島に渡るんだけど島についたら、自転車 again。

ハードでしょ?でしょ?

竹富島でのサイクリング、電動で正解!

でも、久高島は?

どうかな?

久高島にもキックボードとトゥクトゥクがあるのよ。

でも・・

あなたはどう思う?

どうしたい?

例えばあなたは神社の境内でキックボードを使いたいですか??

鳥居から奥はトゥクトゥクなるものに乗りますか?

迷うのはそこなんですよねぇ。

連日、サイクリング・・

ショートケーキの上にアンコをトッピングして食べてる気分。

これ以上、自転車に乗りたくもないのが本音。

久高島フェリー乗り場付近

話は違うけど、お昼に食べたおにぎりは美味しかった。

安座真港のすぐ傍のお店で売ってた。

これはめっちゃ家庭的で美味しかった。

相席した島爺達は口が悪かったなあ。

壁にかけられた時計を見ると、次の便の13時のフェリーまであと少し。

間もなく、神の島に渡るのよ。

(・・行きたくない)

(・・・お泊り、したくない。)

まさかの一泊、素泊まりの宿。

今晩、何が食べられるのか?

不安しかないよ。

覚悟を決めねば

(出来たら、行きたくないいい・・)

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ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」