旅日記④/久高島in沖縄/スピ的竹富島サイクリング

竹富島は今回で3回目

島も時間の経過と共にその様相が変わっていくので同じ島、同じ場所でも表情が違います。

 

行ってみて改めて知ることもあります。

島にも坂がある・・実感

島だから平と言うわけじゃない。

 

火山活動で出来たのね

島の中心の標高が高くなって港辺りは低くなる。

北海道も中央が山ですよね、同じかあ。

中心地まではマングロープかな?

よく知らない赤い花の咲く並木道が続いていました。

 

島の集落で自転車を借りて早速探検。

手渡された簡単な地図が頼り。

小さな島でも【迷う人は迷うから注意】、だそうです。

 

どこへ行けば良いのかな?

そこがどこかは知らないけれど、私を待つ場所があるはずなんだ。

 

目的の場所がどこかを知らずに島内を探し回るのは2回目

1回目は、大きな声では言えないけれど御嶽探し、でした。

決して不敬な気持ちでしていないです、神かけて。

が、今回は御嶽ではありません。

当たるも八卦、出たところ勝負です。

 

とりあえず我が道を行け!

適当に進みたい方に進んでみます。

(・・なんか違う。)

 

・・では、あちらの道へ

フェリーで降りた港についてしまいました。

(もとに戻ってどうする?)

 

さらに・・

(このままだと島の海岸を半周?・・all clear?する??)

 

また走る、何故か集落の中を通ってレンタサイクルのお店の前に。

(どこにあるんだよおお・)

再度自転車を乗り、急な坂を登り、頂上を極めそして下る。

すると人の流れが無くなっていきます。

周囲には静けさが漂い、鳥の声が響きます。

空気の密度が上がる、どんどん上がる。

 

右に曲がるように促されます。

前方には左右に植えられた大樹がアーチを描きトンネルを超えていくような道が見えます。

地面には木漏れ日がキラキラして複雑なアニメーションが展開してます

(光のトンネルだ・・)

木漏れ日は異次元の象徴です。

影と光の織りなす二次元の中に、異次元が織り込まれています。

トンネルは場を分けるものでもあります。

 

私は静かに光のトンネルを進みました。

何が起きているのか?

言葉や知覚では説明できませんが、起きるべきことが起きている事がわかります。

トンネルを抜けるとその瞬間に目的が完了したことを知りました。

(Simple is best!)

 

あとは自由時間♥

次のフェリーの時間まで楽しめば良い。

 

かつて、子どもたちを連れて訪れた浜辺を目指します。

浜辺つくと真っ青な海、白い波

昨日まで冬の世界にいたのにここは夏。

 

悪戯心が起きて、靴を脱いで足を波間に入れてみます。

「冷たっ!」

3月は3月でした。

まっ、たまには良いでしょう。

あとはお昼ですよね、あんまり食べちゃうと夜が食べられない。

何にしましょうか?

本当はガイドブックにあったゴーヤそばが食べたいけど、今日はおやすみなんだって。

 

で八重山そばにしました。

脳がすっかり蕎麦come onになっていたので。

初めて食べる沖縄の蕎麦に戸惑う。

見てびっくり、蕎麦というよりはパスタ?うどん?

 

見たこともない知らない液体が薬味として添えられている

試しにかけてみると、ウイスキーのようなAlcohol感がある。

これはなんですか?

とは怖くて聞けなかったのが痛恨の痛み

あなたが知っていたら教えてくださいね

久高島は明日で~す。

 

 

 

 #okinawa  #竹富島

 #八重山蕎麦を食べてみる

 #星砂の浜辺

 

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」