旅日記③/久高島i沖縄/旅立ちの準備2

予約したと思っていたレンタカー会社は私の名前は無いと言って、私一人を残して行ってしまいました。

ぽつんと残る私。

 

、、当日使える車もないそうでした。  

どうする?

 

隣を見ると、違う会社のレンタカーの送迎の人。

相談してみるとハワイのガイドのような懐の太さがあった。

ある意味、不測の出来事になれてる。  

「予約番号があるなら予約してるはずだから、他の営業所を確認したほうが良い」

なるほど~!調べていくと

那覇と石垣島で間違えて予約していたことが判明

(やってしまった〜)

 

頭真っ白な・・私。

その送迎のお兄さんがちょっと待って、と何処かに電話してくれます。

「軽で良いんだよね?」

「はい!もう乗れればなんだって」

 

15分後には、レンタカーを1台用意してくれました。

なんて超ラッキー、神様ありがとう。

(空きの車のあるレンタカー会社を紹介してくれたの)

 

30分後にはレンタカーのエンジンをかけ、スタート。

でも後から考えると割と危ない橋のような気もした。  

もしこのまま私が消えても誰にも足取りが掴めない。

空港までの確認は取れるけど、その先は?

 

一人旅の怖さを実感、いい人で良かった。

借りた車は古いナビ仕様だったけど、驚くほど指示は正確でした。

きっとカスタマイズしてるだろうな

 

午後3時だと、沖縄はまだ日も高くまだまだ観光も可能。

近くにあるという鍾乳洞へ行くことにしました。  

 

ここは龍宮城か?と思うようなゲートに、(苦笑)

大陸の影響でしょうね。

 

入ってみると自然が創り上げた美しい空間。

どれだけの時間が、この空間を作ったのでしょう?

それに洞窟の中は天然のエアコン、温かいのに驚きました。

これなら快適に原始の人たちも心地よく暮らせたでしょう。

見学が終わってさあホテルに向いましょうと車動かすと、前方に歩く若いファミリーの姿あり。

一緒に鍾乳洞の中を歩いていた家族連れです。

 

若い御夫婦と子ども達。

お父さんが一人の子どもを背負い、お母さんがもう一人のこの手を引いて歩いています。

懐かしい。

自分のかつての姿が重なります。  

彼らのそばで車を停めました。

 

まさかそんなことはないだろうと、思いつつも

  「もしかして、歩いて帰るの?」

そうです、という返事。

 

ここは市街地から結構離れてます。

子どもを背負って行けるのか?

それはできるかもしれないけど、結構きついよね。

 

「乗ってく?」

と聞いてみると、快諾。

 

袖すり合うも他生の縁♥

彼らの泊まるホテルの近くまで送っていきました。

車中は旅人同士の会話で盛り上がり。

 

誰かに親切にするって、自分もエネルギーアップで両方良い気分ですね♥

あと、ホテルについて夕ご飯を食べるのみ。

波乱続きなれど、なんとかなってる旅の道中に感謝、幸あれ♥♥♥

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」