Ascension/事実は小説よりも奇怪

月がきれいですね。

草餅は食べました?

 

今は夜、昼間はカフェでおケーキ様様をいただきました。

クリームチーズケーキが900円お茶とセットにしたら、もう

何も言いたくないお支払い。

(イチゴのケーキは1000円越えです。)

冗談でしょ?

と言いたくなるようなお値段・・

それまあ、置いておくとして

 

このところ散見する海外の情報には驚きを隠せません。

  • タハラシュ
  • オートペン

もう現実が現実を超えてる。

知らないうちにSFやスパイ映画に巻き込まれていたみたい。

 

これが現実なら私は現実を生きてなかった。

日本の中の事しか知らなかったし、

その中でも外側からの情報には極力アクセスしなかった。

それは内側からの情報を得るための訓練だったのだけれど

井の中の蛙だった、と今分かります。

 

アセンションが近づいてくるあの頃は

新しい地球の高い波動に共鳴できる存在のみでアセンションすると言う話がありました。

 

でも、そのうち情報が複雑に絡み合いすぎていて、分けらなれない。

誰と誰がどうつながっているのか?さえ把握しきれなかったそうです。

 

それなので、全部まとめてアセンション。

そして、アセンションから5年の猶予期間。

この期間が私たちが適応できるか否かを試される期間。

試されて、浮かび上がってきたのがこれですか~~~。

この騒動が落ち着くとがんの特効薬が公開されると聞いています。

不適応者の選別が終わった後と言う事です。

選別がどうかけられるのかは知らないけど・・・

 

この映画のような現実、どう落ち着くのでしょう。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」