地球の未来制作実行委員会【仮】

もしも、一本の映画を作るように

【地球の未来政策実行委員会】なるものもあって

最後の審の日が企画されていたら、どんな感じなるでしょう?

 

天使とか、宇宙人とか、神仏とかが走り回ってメイキングしてたりして( ´∀` )

人間の何が審判にかけられるでしょう?

戦争?強盗?詐欺?‥暴動?

でも極限状態で人間性を捨て野生化するのは‥ある意味、当然。

だって、私たちには生き残ろうとするシステムが内蔵されてますもの

 

それよりも

戦争も無く安全が保証され、人と人の差別もない時、

何をするのか?

最後の審判にはもってこいではないでしょうか?

すべてが満たされてる時、人は人間性を保てるのか?

ここに人間性を捨てて良い理由はありません。

何も損なわれていない、欠けていないのですから。

 

長閑なある日

明日の夕ご飯の心配をする必要ない、冷蔵庫は一杯。

コンビニもある、スーパーもある、オンラインショップもできる。

 

しょぼしょぼのお年寄りが、横を通り過ぎたらどうしますか?

お兄ちゃんは妹にありがとう、が言えるかな?

仕事で、(やってしまったあ)どうします?

道で一万円拾ったら?

そんな簡単な事が未来を決める判定基準になっているかも。

緊急事態の中で、野生化する人を見て人類を問うよりも

普通の暮らし、日常の中を観察する方が人類を知ることが出来ると思うな

 

地球の未来制作実行委員会では

シーン:最後の審判

普通の朝から始めると思うな。

審判は、きっとあなたの隣の人

 

 

 

 

 

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#最後の審判の日

#lastChristmas

#人間性を捨てる時

#人間性を捨てるとしたら

#戦争と平和

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」