高野山/宿坊普賢院 / 人生脚本の組み換え

このところ投稿の多い高野山宿坊普賢院ですが
ひどい目にあったムカつく‼

と言っている.だけでは、心の栄養(気づき)になりません。

なので、これを光に変えて行きましょう。

【人生脚本の変更】と言う観点から、一緒に振り返ってみませんか?

人生ドラマ/ 女性限定一名わくわくプランの現実

まず、宿坊に泊まりたい私宿泊客を泊まらせたい普賢院合意が成立しました。

ドラマの舞台が準備されました

ここでのポイントは合意の成立はあっても、その奥の意図の共有は無かった事です

  • 私の意図:高野山らしい、スピ的な経験をするには宿坊はぴったりだろう♡
  • 普賢院の意図:カビ部屋に男を宿泊させるより、女一人が無難だろう。

予約の日が来ます。

チェックイン/ドラマの幕が開く

ベルトコンベアで荷物を運ぶような<自動的にドラマ>です。

脚本は、宿泊して、朝ご飯を食べて、寺を出る

私がチェックアウトしたらドラマは完結です。

まっすぐに部屋に通されます。

あまりにかび臭い部屋、ボロ、障子もまともに貼れていない。

住職さんに憐れみを感じます。

あまりの酷い=乏な寺

ここで私に普賢院=貧乏寺と言うフィルターがかかります。

なのでドラマは、貧乏な寺に宿泊する私、と言う方向になります

【貧乏な寺に宿泊】と言う脚本が進んでいく

「食事の用意が出来たら呼びに来るから、それまで部屋にいてください」

と言って住職さんが部屋を出ていく。

変な事に念を押していくな、と思いながら気にしませんでした。

この時、普賢院では複数のドラマが同時展開中

  • 海外からの団体さん
  • 日本人の複数名での宿泊客

それぞれ違うシチュエーション、設定、舞台装置が用意されています。

一つの場所がそれぞれの<舞台設定/フィルター>によって、違う風に見えているはずです。

じゃらんや他の投稿で見るように、この部屋に泊まらなかった人の評価は良いようです。

舞台設定が相当違うという事でしょう。

そう部屋数46うちHPで紹介する部屋45、紹介無しの部屋1

ここに一部屋に泊まる人数をかけると私の経験がとても希少なものだという事が分かります。

パラレルにドラマを展開するためのPOINT

分離する、これですね。

これの行き過ぎたのが、カルトの手法でしょう。

部屋替えの後の朝ご飯の場所

だから、私に部屋にいてくれ、と言う住職の言葉は寺側としては正解です。

食事で使わないときは、広間は障子が閉められて中の様子は外からは見えません。

たとえ、私が歩いても、ボロ寺の印象はぬぐえないでしょう。

宿として客のニーズに合わせて、扱いを変えるのはありですが、

同時にどの客に対しても平等に提供しなければならないものもあります

もちろん、健康と安全ですよね

疑問を持つ切っ掛けになった5つの出来事

でも、長く留まると何となく、空間から情報を受け取り始めます。

空間に整合性が無いんですよね。

ちぐはぐな感じがしてきます。

言語化出来ないけど、変。

  1. 部屋があまりにも【かび臭い】
  2. 部屋が内側から鍵がかからない
  3. 布団に座って手を伸ばすガラス戸に鍵がない
  4. お風呂で合った女性客からのおひとり様部屋と言う言葉
  5. 食事の帰りに見た大広間の豪華さ

何よりもかび臭さに耐えられなくなってきました。

(ここで一晩過ごしたら、私の肺はどうなるんだ?)

思考の逡巡

<結論>宿坊普賢院は貧乏ではないらしい。

どうする?

  • この部屋で眠ったら肺がカビだらけになりそう
  • とても扱いがひどいのではないだろうか?
  • これが私に相応しいのか
  • これに甘んじて良いのか?

これ以上時間が経ったら、変更は効かないだろう

思考の逡巡→内なる合意成立

で、初めて部屋を替えてもらうという発想になり、住職を探します。

夜の9時にストーリー変更

貧乏なお寺に向かって、こんなことを言うのは申し訳ない、と思いながらも

「部屋を替えてください」

と言ったら、あっと!いう間にすべてが変わりました。

進行中のドラマには【私が異議申し立てをする】設定は無かったのでオーバーフローで崩壊!

  • 人生ドラマの舞台装置が変わる。
  • 普賢院住職の違う側面が見えるようになる。
  • 私への扱いが変わる。

用意された新しい部屋と住職の態度が、それまでの扱いの酷さを暗黙の裡に示していました。

今は最初のドラマの外へ出たので、客観的に理解することが出来ます。

女性一名限定プラン=女を軽んじている

と言うプランだったのです。

貧乏な寺だ、と思っていたのも違ったんだ。

それなりのお寺だったのだ。

それでも雨漏りがしているので、カビは相当なものなのだろう・・

ここまでは受け身、でもここからは能動的に動ける

部屋替えを望むことで立ち位置が変わりました。

舞台から降りた役者のように、それまで気づかなかったことがだんだんわかってきます。

物語の主人公よろしく一つのドラマに嵌っていましたが、

今は二つのドラマ、二つの舞台装置を知りました。

比較が出来るようになり、現実をありのままに理解出来ます。

とっても失礼な扱いを受けていたのです。

最初の人生ドラマは崩壊、白紙のドラマが現れる

部屋替えを望むことで、人生ドラマの組み換えが起きました。

もう最初のドラマは木っ端みじんになってしまって、新しいドラマはまだ形成されていません。

自由にドラマを作れる余地が現れたのです。

これは今まで無かった選択肢が新しく表れたという事です。

自由にドラマが選べるなら?

未だに苦情が出た事のない部屋

前例がないのなら、好きに脚本が作れる、と言う事ですよね?

私としては自分がこんな経験をするのは嫌だけれど

この後に続く【宿泊者、女性】がに同じ目に合うのは、もっと嫌。

CONCEPT
<黙ってはいない、カミングアウト>

で、あなたもご存じの展開になっていきます。

人生ドラマの変更に必要な事

ここでをまとめてみると

人生ドラマを変更したかったら、進行中の脚本を止める。

止めるためには?

脚本を台無しにする( ´∀` )

これですよ、

何だって良い、脚本が台無しになれば良いんだから。

ケースバイケースで、何でもいい。

多分そんなに高尚な事でなくて良いはず。

人生のいろんな場面で使えるはずだから、覚えておいて損は無い。

脚本をぶっ壊した後は?援助者を探す

ドラマの主催者側、この場合は普賢院と真っ向勝負。

住職は逃げちゃったけど

そのあとは、助けてくれる人を探そう。

私の場合1宿坊協会の所長さん

親切に対応してくださって、すぐそばのお寺なので直に見にいてくださいました。

自分の母親は絶対あの部屋に宿泊させたくないと言っておられました。

私の場合2リクルートお客様サポートセンターk崎さん

この方もとても親身になって対応してくださって、感謝しています。

あなたが行動を起こすと、必ず誰かが助けてくれるはずです。

そして、それはおそらく意外な人、のはずです。

もし見つからない・・と思っても諦めないで

遅れているだけかもしれないし、違う人を当たった方が良いのかもしれないし

極論・・まあこれは良いか

まとめ

私たちの人生では動き方、対処の仕方が、決まった自動的なドラマが至る所で見かけられます。

生活に必要だったり、利便性が向上したり、と利益になるドラマもありますが

時に私たちの尊厳を危ぶむものもあります。

諦めて従うと大抵ダメージを受けます。

ドラマの変更はポイントをつけば簡単

脚本を台無しにする、そのためには?

  • 嫌だ、と言う
  • 自分の感じている本当のことを言う
  • 脚本にないこと、ありえな〜い事をする
  • まさか??と思うことをする

(NYで暴漢に襲われそうになったら、奇声を上げて失禁しろ、と言われてるそうです)

ここは日本なので、

エレガントに粛々と行動すれば良いだけなので、誰にでも出来ます。

大丈夫

参考までに脚本変更が出来なかった最悪の例

何十年も前、私が見合いをした時、母が私にいました、

「見合いを断る時は、私が言うから自分では何も言うな」

そして、私、見合い相手、仲人、両親がいる中で仲人が聞きました。

「KACOさん、どうします?」
(結婚しますか?)

私は二の句が継げません。

母から嫌と言えないのに、返事を要求されているのです。

と言う事は、嫌だって言いたいんですよねえ~。

誰も助け船は出してくれません。

無きながらハイと言いました。

今でも思います

あの時、無きながら部屋を飛び出すということが出来ていたらな、ってね

若かった私はそんな選択肢が隠されている事も知りませんでした。

気に食わない結婚となりましたが、とても深い学びの時間を得ました。

#KOUYASANSYUKUBOU/FUGENIN

#KOUYASANSYUKUBOU/FUGENIN/Women-onlyPlan

#KOUYASANSYUKUBOU/FUGENIN/Misogyny

#KOUYASANSYUKUBOU/FUGENIN makes fun women

#高野山宿坊普賢院/危険な女性限定<一名>プラン

#高野山宿坊普賢院/じゃらん/女性限定、<一名>プラン

#高野山宿坊普賢院/女性一名を本堂の奥に宿泊させる意図は?

#高野山宿坊普賢院/悪】な女性蔑視

#高野山宿坊普賢院/女性限定の部屋はカビ部屋

#高野山宿坊普賢の住職さんに聞くのが一番なのでしょう時

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」