全部放り出して、旅に出る

アホなリフォーム業者とのやり取りにうんざりして旅に出ました。(笑)

・・と言ったら言い過ぎかな。

四国の端っこ!

【佐田岬】頑張れば九州に行ける場所。

その辺り来ています

面白いもので、自宅から距離が離れれば離れるほど脳内から日常が消えていく。

リフォーム業者は、心の中で、どんどん、どんどん小さくなっていきます。

旅にあるのはリアルだけ♡

全てを忘れさせる四国の山道、うねうね道。

そして、行けども行けども辿り着かない目的地。

 

頑張って運転しました。

緊張したし、ここまで来てやっと脳内から余計なものをそぎ落とせた感じです。

どれだけ、波動が落ちていたか、やっと気づく始末。

良いガス抜きです。

でも、計画当初に予想していたよりも日暮れが早い。

午後の一時に松山空港について、3時なろうというのにまだ岬に着かない。

目指すのは佐田岬にある灯台なのですが、標識をたどっているのに、着く気配がない。

山の日暮れは尚更早いのに・・日暮れ前に着くのか?

夜道は絶対運転したくない。

 

そして・・なんとか頑張ってたどり着いたそこは、

呆気なかったなあ。

どれほどの絶景がまっているかと思いきや、変哲もない山の終わりは陸の終わり。

パーキングだけ?・・・・

 

せっかく現実を捨ててきたのになあ

でも、こんな事も、ありますよね( ´∀` )

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」