飛んで北海道 / 新千歳空港、聖なるバリアー炸裂か?

今回の旅は娘と二人旅。

一人旅が多いので、二人旅はワクワクします。

食事時に相手がいるという事や、お土産を見る楽しみとかね( ´∀` )

一人の食事は味気ないし、自分だけだとあまりお土産もそそられませんから。

そして一番はリラックス、もう1人いると緊張が緩みます(笑)

チームでおいでと言う山からのお誘い

さて帰還の部分から話し始めた旅の話ですが、目的地は北海道大雪山旭岳。

去年、カムイミンタラまで出掛け、帰った時に今回の旅が浮かび上がってきました。

『もう一度おいで、ただし・・』

ただし、が付いていました。

『ただし、娘さんと一緒にね、一人では来ないで』

何と言う事でしょう???

Callingを受けて、旅が始まります

私を呼んでいるのにもかかわらず、一人では来るなと??

私はよっく旅をしますが、その土地に呼ばれての旅です。

何それ?

と思うかもしれませんが、何時ごろからか、そういう感覚が育ったのです。

詐欺じゃないし、カルトでも無いですよ( ´∀` )

2013年、イギリスへ行くことが決まった頃かなあ?

土地に呼ばれて旅をすると言う事が始まりました。

あれは、今思うとヒプノセラピストが偉かったの。

ヒプノのセッションを受けて、イギリスへ行く必要があると分かった時に、セラピストが言いました。

「イギリスへ行く前に国内に行きなさい。」

「どこへ行けばいいのですか?」

と尋ねると、

「KACOさんなら分かるはずです。」

と丸投げ。

・・で、どうやったのかな?

そこは覚えていないし、どこへ行ったのかも覚えていないけど

右往左往しているうちに地図を見てると何となく分かるようになりました。

通常モードは一人旅、意味もなく仲間が増える事は無いです

娘が同行したのは、過去に二回。

奈良と四国

どちらも長距離の運転が必要だったし、今回も長距離の移動あり。

だから、彼女は今回もドライバー役なのだろうと思ってました。

  • 運転は彼女にお任せ!
  • 運転しなくて済む♫

すっかり気持ちが緩んでました。

一人旅の緊張感が消えて、腑抜けのようです(笑)

新千歳空港でレンタカーを借りて、

ランチとおやつを探索に空港へUターン( ´∀` )

たとえ国内でも、ロストは致命的な時もあるよね

あちこち歩き回って、狩りの本能を満足させました

で、車に戻ろうとして、ギク!

広いパーキングのど真ん中、どこに停めたか、記憶を逸している二人がいました。

途方に暮れた娘はスマホを探してバッグに手を入れます・・・??

娘の顔がこわばる💥
「無い

あとは空港にEMPが落とされたような騒ぎですわあ!!

空港でスマホを落としたらどんな事になるか.100も承知!

全速力で走る娘、それを追いかける私!!!!

午後1時には空港出発の予定でいたのに、出発は2時過ぎに・・

それでもスマホはトイレに落ちていて、善意の人が落とし物預りセンターに届けてくれていたと分かりました。

責任感を感じて、憔悴する娘。

無自覚な聖なるバリアー、ミラーフォースなんちゃって

車を停めた位置も分かったし・・結果オーライなんだけど。

夕食の時間の5分前くらいに宿には着いたし、万事塞翁が馬なんだけど

食後のお茶を飲みながら、娘をしみじみと見ます。

空港での彼女の、あの感情の爆発、エネルギー的に辺りはホワイトアウトだった事だろう。

(このために、来たのかあ・・)

空港はいろんなものが集まるところ。

有象無象がいたことだろう。

何の確証も無い話だけど、あれで私達のあとは辿れなくなったはず。

聖なるバリアーかあ・・

きっと災難除けになっだろう。

超Luckyな私♥

#新千歳空港 #レンタカー

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」