時空連続体としての心の傷

いろんな本を読んでみると潜在意識、あるいは集合意識に時間は無いと説かれています。

故に人生の初期に感じた衝撃は、成長後繰り返し何度も経験しがち、だそうです。

 

それも、オートプログラムがそこにある、かの如く再生されます

もちろん成長と共に状況も登場人物も変わるのですが、【立ち位置、視点、解釈etc】が変わらないので、傷の上に傷を重ねてしまいます

成人したの自分が3歳の時の怖さを再体験している、とは本人も気づかない。

 

意識の底に埋蔵された痛みは掘り起こすしかないのだけれど

これは傷の核心でもあるので、結構痛い、直視できない・・のが普通。

直視せずに、無意識的な自動再生モードの中で何度も痛みを経験することを選ぶのもあるあるです。

 

傷を抉り出して意識の光に充てて、癒していくのは

実は若ければ若いほど、大ごとだけど、簡単

時間が経つほど、大ごとで、猶更手が付けられなくなります。

 

幼いころの衝撃、持たない人はいないけれど

気づいたら、少しづつ手当てをしていくことをお勧め。

絶対ではないけれど

 

後々の自分を考えて・・

トラウマは時間が経つほど威力を増します。

20代で、小雨程度のトラウマは30代で強い雨になり40代では雷雲を呼び

50代では大型台風までに成長してしまうから。

 

60代以降の話になると・・恐い。

死ぬまでの辛抱と、変な我慢を始める人がいる。

若ければ、若いほど選択肢も多い。

 

正解は無い世界だから

正しい暮らしではなく、

自分を泣かさない日常を見つけたいですね。

理由はわからないまま、今日も黙って涙をこらえてませんか?

 

 

 

 

 

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」