この間ね
そう70代くらいの女性とちょこっと話すチャンスがあったのです。
その方曰く
「二年前は健康診断は健康そのもので褒められていたのに・・」
「今年検査したら、緑内障に、血圧に、膝が弱くなって歩けなくなってしまって・・」

もう体調不良のオンパレード。
「70代だから、薬を飲んでも良いかと思って、飲み始めました」
(意味不な年齢設定)
「周囲は(名前を忘れてしまった)の予防接種をしてるんだけど
もともとは子どものかかる病気なので、そこまでしなくてもいいかなって思ってます」
(今さら?散々受けたのに?)
というような話が一時間くらい続きました。
この方の話を聞いていて、分かったのが・・

私たちには恐怖を避けたいという強い思いがあって
自ら望んで、騙されることもあるんだ、と言う事です。
目の前の野獣が恐くて目をつぶったら、もっと大きな野獣にやられちゃった。
的なイメージ( ´∀` )
直視しなくてはならないものが、恐ろしかったら
安全だよ、と言う嘘に、コロッと騙されてしまうらしいです。
私たちは嘘だと解っていても、それに目をつぶってしまう。
ちょっと考えれば、解りそうなものなのに恐いから考えたくない。
責任は信じた人がとってくれる、と思い込む。
きっと、先史時代のもっと昔から私たちはこれをやってきたのでしょうねえ。
私たちは降伏すれば、安全だよ
言うとおりにすれば、安心だよ。
と言う嘘にやられちゃって来た末裔ですね。

騙されない強者は消されちゃって、嘘を受け入れた人が子孫を後世に残した。
そうやって【騙されたい】という暗い欲望は強化されて行ったのでしょう。
よく騙される方が悪い、という理屈を聞きますが、お互いさまなのでしょうね
騙したい人と、騙されたい人のコンビネーション。
昔はそれこそ、その手には乗りませんと言う強者が一杯いたのでしょう。
その頃の私たちは雄々しかったんだろうなあ。
きっと今とは全然違う生き方をしていたでしょう。
#騙されてみたい
#安心、安全、危険信号
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