許しの初級編は、<許せない>を受け入れる事

子どもの頃はぼ~っと息をしていただけの私も大人になると恐怖を感じ始め、同時に敵の存在にも気づき始めます。

私を抑え込もうとする敵、私の力を奪おうとする敵です。

大人とは言え、目覚めたばかりの私はとっても弱かった。

 

目の前のこの敵を倒さない限り、安寧は無い。

私は悪くないし、悪いのはアイツだ!

よくあるパターンに突入です。

 

導きの声をかき消す、許せないという心の叫び

戦って勝とうと身構える自我と、

『戦ってはいけない、許しなさい。』

と小さく聞こえてくる導きの声との板挟みです。

 

敵は私の投影ですから、戦えば戦うほど強力になり、攻撃した分が跳ね返ってきます。

だけど未熟な私には、それが解りません。

憎めば憎むほど不動の山のようになっていく敵。

攻撃してはならない事、戦ってはならない事を学ぶのに、何年もかかりました。

その間も(許しなさい・・)

という小さな声は届いていたのですが、私にはそんな気は毛頭ありませんでした。

 

なぜ、敵を許さなくてはならないのか?

彼らが私に何をした?謝罪をしたか?してないだろう?

理解できませんでした。

私には許さなくて良い理があるのに。

 

許せば、楽になる、だけど手放せない負の感情

まだ目覚めて間もない私は、そもそも未熟で許せと言われても出来ません。

何としても許せません!

ず~~~と許せませんでした。

 

だって私の怒り、憎しみには正しい理由があるのですから。

【許しなさい】

という声を受け入れるのは、憎む以上の苦しみでした。

死骸になろうと、敵を手放さない、と言う負の執着がありました。

死体になろうと償いをさせない事には気が済まない。

その一念が私を、踏みとどまらせるのです。

 

自分が発したものが返って来る、パラレルワールドの法則

でも、この宇宙にはたくさんの世界がありますよね。

それを巷ではパラレルワールドと呼びます。

  • 対立する関係性の中で身もだえする私
  • 和解の中で、微笑む私
  • 全く違う関係性の中に進んでいく私

沢山の私が存在する世界、その中のどの私にも、私はなれる。

調和の中で生きる事も、新しい道を行く事も、自由に選べる

この恨みさえ手放せば・・ね。

 

自分の出した音が還って来る波動の法則

また、この世界は全て音で出来ているという話もあります。

波長とか波動とか言われるアレです。

その考えによれば人生は外側から始まるのではなく、それぞれ個人の内側から始まるそうです。

 

自分が、どんな音を出しているのか?

「お前を許さない」という音を出せば、その許しの無い世界が始まります。

殺してやる」と思えばそう言う世界になるそうです。

「何時か見てろよ・・」と思えば、それなりに・・

 

許しのある世界を生きたければ、

自分から許しの波動を出さないと、それに見合う現象は起こらないという仕組みらしいです

許すと許さないは一緒には存在できないのです。

 

許しは高度に発達した精神性、知性が必要です、いわゆる上級者向け

許せないものを許すのは、とても高度な知性と精神性を必要とします。

一回思ったから出来る事ではありませんし、血を吐く思いで、やり続けるものなのかもしれません。

 

許しが必要なのは本当なのだけれど・・

許せないものを許すのは、すっごく苦しい。

今の私の精神レベルでは無理と判断。

 

なので、私は憎いアイツはそのままにしておくことにしました。

反応しない、と言う事です。

そして、自分の内面を育む事、愛する事、成長する事を優先しました。

 

精神性の高い事は、自分を整えてからすれば良い

自分の振動数を上げてしまえば、相応しくないものとも縁は切れます。

高い振動数と低い振動数も共存できませんから。

自分がしたい事、楽しい事、喜ぶことをしていく。

 

そうしていくと、自然と気持ちは穏やかになっていました。

とっても長い時間を必要としましたけどね。

 

成長したいという声に反応する存在はいる

偶然訪れる、助けを受け入れる事です。

意外な人が助けてくれるのも、助けを求める声に反応する善きものが存在するのも本当です。

 

ただ、この世界には時間があるので、遅れる事もある

でも、求めれば助けは来ます。

もう一つ、恐怖に始まるネガティブな感情に勝つものは愛だけなので宗教ではない、信仰を持ちましょう

それがあれば、秩序のある世界を生きていけます。

偶然が必然を呼ぶ世界で、生きられます。

 

あとはもう・・・

正解は無い、と腹をくくる、かなあ。

やった事、出来たことが全て、

こういう話は無限ループの様にいくらでも話せてしまうのでキリがありませんね。

このくらいにしておきましょう。

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」