縄文コミュニティの話
この話は過去の話です、日本の古い時代です。
男も女も子どもも、特に区別は無かった。
お互いがお互いを思いやる、ケアをする社会で、自分と他者を分ける境界線も無かった。
個人でもあるけれど全体でもあった。
<私>と言うよりも<私達>で暮らしていました。
一種クローンのようだったかもしれません
人は自由に自身の視点を移す事が出来ました。
自分の内側から世界を理解することもあれば、他者の視点から自分を見たり、世界を見たりする事も出来ました。
視点をもっと上げれば、コミュニティ全体が見えた。
コミュニティと大地、自然、そう言うものとの関りを理解する事も出来ました。
世界との共感が強かったのです。
食べる事は食べられる事であり、食べられることは世界への奉仕でもあったのです。
食べるという行為一つからでも2極を知り、世界の統合を知る事が出来ました。
食べるは文化であり、社会参加だ
人々は死を恐れなかった
死も視点の移動であり生命は続いて行く。
死も生の一つの段階と捉えていました。
所有も無く復讐も無く、妬みも無かった。
他者はもう一人の自分だからです。
自分と言う意識、自分だけでなく存在する命、コミュニティ全体で自分だから。
個人の死は損失ではあるが、大きな自分は生き、誰かがそれを穴埋めする
(魚の群れみたいなものかな?)
今は人の意識が一番弱体化された状態。
一人は<独り>でしかない。
つながりが断たれている。
見える物しか理解しない、信じない、
存在を認めていない体がある。
そこを開ければつながる世界がある、本当のパワーはそちらの世界にある。
#日本人の秘密 #縄文文化圏
#アイヌ以前の文化
#争いの無い社会
#〇
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