ヨモツグヘイ/この世界の食べ物の不思議

この世界って不思議だなあ、って思う事は無いですか?

普段なら見過ごしてしまうような小さなことに違和感を感じる時、私は不思議を感じる事があります。

今、不思議だなあと感じているのは食べ物です。

私は牛乳が好きで、中学生の頃は 1リットルの紙パックを抱えて水のように飲んでいました。

が、今ではまるで天敵のように避けています。

 

どうしてそんな事になったのか?と言うと

息子が2歳くらいでアトピーになってしまった事が始まりでした。

定番の食事療法が始まり、子ども共々乳製品を避けていたら、気が付いた時には体が受け付けなくなっていたのです。

以来、もう大変。

カフェオレは豆乳で、ヨーグルトも大豆から、クリームシチューなんかとても無理だし、ケーキは大抵チョコレート系にしてます。

友人には食べ物にうるさい奴、と思われているようですよ( ´∀` )

 

そう自分の身に起きたことを例にしてもこの世界の食べ物って不思議だと思うのです。

牛乳だろうが、小麦粉だろうが、チーズ、バター、揚げ物、コカ・コーラ、砂糖

とにかく、食べ続ければ、病気になるまで食べられます。

太ったって、血圧がぶっ飛んだって、ガバガバ入っちゃいますよ。

 

でも、一旦ダイエットとか食事療法のためとか、何らかの理由で摂取するのをやめると

次にそれが入って来た時には体は<毒>と判断するのです。

微量にしか摂取していなくても、物凄い量が入って来たぞ、と防衛線を展開します。

もうほんのちょっとが、猛毒なのです。

 

それならアレルゲンなるものを摂取出来ない体になったら、健康的に暮らせてハッピーなのか?と言うとそうでもないです。

からだに良いもの、別の言い方をすると<吸収しやすいもの、/同化しやすいもの>でしょうか?

こう言うものばかり食べていると結局体は弱体化します。

清流でしか生きていけない魚と同じようになってしまうのです。

要するに何を食べても、結果は同じ。

時期が来れば、それなりに老いが忍び寄り、病の影がチラホラ見え隠れするようになるものです。

「あれだけ、食べたいものを我慢してきたのに、この結果?」

みたいな、ねえ、分かるでしょ?

 

一体この世界、それとも私たちの社会と言えば良いのでしょうか?

私達に生きていて欲しいのか?欲しくないのか?疑問に感じます。

まるで、壊れる事が予定に入れられている機械みたい。

だって、生きるために食べるものがすでに毒なのですから

 

一体この世界で私達が食べて繁栄するものって、どのくらいあるのでしょう。

母乳は完全食品ですから、それですよね、でもさすがに大人は‥ねえ。

ヒマラヤの方の伏流水も飲んでいる少数民族は長寿という話は聞いた事があります。

伝統的な日本食もこの中に入るかもしれませんね。

 

食べると未来に病と老いが約束されているものを食べるしかない私たちの暮らす世界って・・・

一口で言うと天国なのか?地獄なのか?

考え出すと恐いですね

食べ物って過ぎたるは及ばざるがごとしのもののようです

ドットハライ

 

 

 

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」