術後18日め

未だ長文は打てない。

気分が良い日もあれば、そうでない日もある。

 

目が・・こうなると、

意外と社会活動が遠くなって、寂しさがつのる事もある。

洗髪は出来るようになったけれど、シャンプーハット使用の上

未だ、洗顔のオッケーは出ても、恐くて出来ない。

 

就寝時間が早くなって、午後10時~11時の間には寝る。

そうすると大抵6時台に目が覚める。

それから7時までの間に点眼を3回して、ゆっくりと起床。

この辺りは良い。

 

ただ、何となく気持ちは重い事が多い。

それは以前との違いを感じる時だ。

未だ、左の目の充血は続く。

人に会うのにこれでは、と思ったので

室内で使えるサングラスを予約、今日はそれを取りに行く。

 

日差しを避けて日陰を歩く私は吸血鬼か?

って言うくらいに日差しを避けている。

朝からの雨が上がったので、これから出かける。

日差しを避けながらね。(笑)

 

明日はどっちだ?って感じ

もうアセンション関係のブログと言えないなあ(笑)

 

 

 

#網膜前膜 #白内障 #手術

 

4 件のコメント

  • 術後はやはり怖くて、なかなか洗顔&洗髪できてません。
    幸いに、家の斜向かいに美容院あり。術後数回利用させてもらってます。

    以前のように石鹸やシャンプーを使う事を試し始めたのはいつ頃ですか?
    ガッツリ石鹸とか使ってさっぱりしたいですが、勇気出ません。
    シャンプーハット買ってあるのでそろそろ使ってみようかなぁ…。
    湯船に浸かって温まる事ができるようになっただけ、寒い冬にはありがたい事なんですけど…。

    • 私も洗髪やら、洗顔やらは神経を使いました。
      きっと、みんな気になるところですよね。

      術後すぐの頃は細菌感染が恐いので、医者にも注意されましたが、
      今思い出すと、一か月を待たずに洗顔したりシャンプーしたりしていたような気がします。

      術後の生活のガイダンスのようなモノには、ひと月はしない。と書いてありましたが

      要は外科手術なので、傷が塞がってしまえば、細菌感染も無いわけなので術後に担当医に聴くと
      心配するよりも、何事早くOKが出ました。
      ポルテポルテさんも、一度お医者様に聞いてみると良いですよ。

      私は最初の一週間は美容院に通って洗髪してもらい、洗顔は恐いの諦めました。
      その後は目の手術の後に使える、大人用のシャンプーハットがあったので、それを使って洗髪をしました。
      そして、洗う間は、眼帯をしていました。
      間違って、水が跳ねても大丈夫かな、と思って。

      ポルテポルテさんは貰いませんでしたか?透明なプラスティックの眼帯です。
      それが、割と役に立ちましたよ。

      石鹸を使って顔を洗うのは、恐かったのでひと月過ぎてからでした。
      医者の方で、そこまで気にしないで洗って良いって言いましたよ。

      お医者様によっても判断は違うかもしれないので、一度聞いてみると良いですよ。

      では、また何かあったら、お尋ねください。

      • ありがとうございます。術後2週間目にあたる昨日、早速聞いてみました。

        左眼に水が入るのがダメなので、気をつけて洗ってくださいって言われました。この言葉だと…なんだよ、思い切れないじゃないの…と思いません?
        いいですよ!っていう言葉を期待してたんですけどね。

        透明眼帯は、確か、必要ならば購入だったと思いました。今度聞いてみます。

        • 言えて良かったですね、結果はどうあれ
          自分のために行動できたということ自体が安心感や自信になると思いますよ。
          ガンバです

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    プロフィールなのですが、自分の事を書くのは気恥ずかしくて苦手です 人生を振り返ると大きく二つに分けられれると思います それは結婚前(ホワホワしてる♡)、結婚後(まさに修行) 結婚する前は何のかんの言いながらも平和に暮らしていました 自身を深く探る事も無く、人生は夢に溢れ、両親は世界で一番良い人だと思っていました 結婚は魂の目覚まし時計が鳴るような一大イベントでした 成人した時に母からこんなことを言われていました↓ 「25歳までは好きにさせてやる、周囲の誰も不幸にしない結婚をしなさい」 25歳を過ぎたらお前に自由は無い、お前の結婚は家族(母)のためだ、と言う事ですよね、恐ろしい母親 結婚は私を社会から切り離し、家族と言う牢獄に押し込める陰鬱なものでした 結婚して7年間が一番暗い闇の時間でした それは私の心の中に神を失っていたからです、結婚が決まる少し前私は失恋をしていました それはものすごくショックな出来事で、神に責められるのが恐くて、私が神を捨てました 神を信じない周囲の人々に混じって彼らのように暮らせば幸せになれる、と自分に言い聞かせました 実際は違いました、全体とのつながりを失った個人は狙われるものです、エネルギーを捕食したい輩から見たら格好の獲物です、潜在能力が高ければ尚更です 結婚して7年目のあの時私は自分を取り戻しました、そして神様とも仲直りしました (宗教の神ではないですよ、自然な信仰に元ずく神です) 自分を取り戻した時目に映ったのは、嫌いなものに囲まれた自分、もう人生の大きな選択は全てなされ、自分で決められるのは死に方だけに思えました なんて事をしたんだ、と自分が許せなかった、自分が嫌いになり誇りも持てず、何の価値もない人生とあざ笑ってしまいました、でもこのまま餌食にされるのはごめんです どうしたら、状況を変えれるのか?生活の全体を見つめました 引っ越そうが、資金を作ろうが彼らには勝てない、勝っても追いかけて来ると痛感しました、彼らに勝つためには精神のレベルを上げていくしかない それからは<私を食い物したい輩>と<それはお断りですという私>の闘いです 一つ心が強くなると引き戻され、また立ち上がる、その繰り返しでした でも逆を言えばそれが訓練になり私を強くしました 私は現実世界に取り組むというよりも内面を整える事で道が開いていくタイプでした 自分の傷に向き合い、内面を整えていくとスーと道が開きそこを歩いて行きます メンターも次々に現れ、リレーをするように私を導いてくれました レイキ、ヒーリング、フラワーエッセンス、ヒプノetc 特にヒプノは私に合っていました 時間を超える事は容易で、 現世だけでは解決できないトラウマを溶かすためにとても役に立ちました そして最後に残った過去生の最も重いトラウマはリーディングと言う高次元から情報を得る手法によって昇華することが出来ました 自身の精神性が高まるにつれ輩は力を失い消えていきました エネルギーは高いところから低いところに流れていく、逆流はあり得ないのです 自己を回復させていくプロセスは私に巡礼の旅という一貫したテーマを与えてくれました 礼文島から与那国島まで点々と、海外はイギリスやペルー、エジプトにも導かれるままに行きました 諦めたのは南極だけ、移動ルートの確保が出来なかったのです、代わりにハワイへ行きましたっけ( ´∀` ) その旅も2025年に満了、カウントダウンの美しい花火と共に終わりました これからは新章突入です もし私の人生を通して、言える事があるとしたら 【諦めないこと、諦めなければ勝てる、そして高次からのサポートは必ず得られる】 【精神的な道のりは急がば回れ、時に危険な道が突破口と言う事もある】 あなたの人生に幸あれ♡