旅:閉じたフィールドに穴をあける

ガイドブックには、よく旅に出ると捨て来た体験、リラックス、癒し、贅沢な時間など素敵なフレーズがちりばめられていますが、あれは嘘ですよね。

色々旅した現時点での結論は、異文化、異なる価値観、習慣との衝突です。

本当にラグジュアリーな時間を過ごしたかったら、都会のお高級ホテル滞在が一番無難、だと思いませんか?

地方にあるお高級お宿、と呼ばれるところはどんなにお高級だとか、ハイクラスだと言おうとも、その土地のライフステージに左右されます。

この間、投稿した秋田の自称お高級な温泉宿もそうでした。

美味しい食事と温泉で客を呼びながら、危機管理が出来ていませんでした。

お風呂の設計がね、ダメダメだったのですよ。お風呂の中で迷子になりかねないのに、表示が出ていない。

それを狙って、敢えて表示を出していなかったのではないかと思えましたよ。

しかも追及されるまで、全く盲点であったような口ぶりでした。

女性がトップで仕切っていて、女性のための危機管理が出来ないって、それこそ信じられませんけど。

それが本当なのか、演技なのかは知る由も無いですが、異常な事が日常になると疑問にさえ感じなくなるのではないでしょうか?

家族、恋人、会社、あるあるですよね。

膠着してしまって機能不全にも気づかない、本当は変な事なのに疑問にさえ感じなくなってしまう。

本当は尊重されなければならない基本的な事が、搾取されたり、軽んじられたり。

そう言うアンバランスって、外側から見ていた人間の方がいち早く嗅ぎ分けるもの。

外側にいた人間はほぼほぼニュートラルに見ますから。

入り口は男湯、女湯別れていても、中で通行可能なのはおかしいだろう?

言われるまで気づかなかったらしいですよ。(そういう風に装っていたのかな?)

混乱が起きている事は把握していたけれど、修正が必要と思っていなかったそうです。

その混乱は何回なら起きても良いと思います?って聞いたら・・沈黙でした。

答えはゼロですよね、一回だって起きてはいけない。

 

外国籍の人VS日本人の間で混乱が起きて、相手が帰国してしまっていたら、どう収集をつけるの?どう責任取るの?

おっしゃる通りです。って言ってたけど、想像できないのでしょうかねえ?

【当たり前の日常】って恐いですよね、異常が異常に感じられなくなっていく・・

だから、わざわざ秋田まで行って、膠着した古い価値観のエネルギーフィールドに風穴を開けて来たわけ。

これからはきっと新しい時代に適応した良い温泉施設になるんじゃないですか?

そうでなければ、周囲に迫っている荒廃の渦に巻き込まれて行くのでしょう。

 

追伸、来春に向けて改善しますと言ってましたけど、・・・分かってるんでしょうかねえ?

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」