愛は恋愛よりも、深く広い

愛、美しい言葉ですね。

あなたにとって愛ってどんなものですか?

どんな時に感じますか?

神様の愛を感じた事ってありますか??

母性愛は深くもありドロドロでもありますよね?

友情、恋、自然への愛、いろんな言葉が愛の在り様を示します。

 

あなたが愛と言うものを意識したのは何時頃ですか?

私はねえ・・・10代の頃かな。

 

仏教徒の家に生まれ、祖母は朝夕の読経を欠かしませんでしたが

愛が大らかに語られることはありませんでした。

 

クリスチャンの家だったら、きっと隣人愛だとか敵を愛する愛だとか

豊かに語られたのでしょうが、私の知る仏教の世界では愛は取り上げられませんでした。

 

なので、私の愛のお手本はもっぱら少女漫画でした。

二次元の世界で繰り広げられるめくるめく恋愛、それが愛だと思っていました。

恋愛こそ至上のもの、そう思っていました。

愛するというのは恋人を愛する、それが全てだと思っていました。

まあ恋愛が人生の最優先事項になり得る、お年頃でしたから( ´∀` )

 

恋愛が至上のものですから、愛の対象となった異性はもう神ですよ。

神を憧憬するように、人に憧れました。

彼こそは真実であり、愛の人だと決めつけていました(笑)

 

それはね、とんでもない間違いだったのですが

少女漫画しかお手本が無いと、そこが理解できないのですよ。

少女漫画にはタブーがあって、描かれない男性面がありますから( ´∀` )

最近はそれも解禁なのかもしれませんが、昔はねえ( ´∀` )

 

現実の男性を見て、エゴがある事に驚くのですよ。

無条件に私を愛するわけでもない、認めるわけでもない。

あまつさえ、情欲、妬み、羨み、批判、否定、いろんなものをぶつけてくる。

この人は違う・・格下げ。

心は少女のまま(笑)

 

今、ここにいなくても、理想のあなたは世界のどこかにはきっといるはず。

とか、思っちゃたりしてねえ。

 

恋愛とは違う愛があるらしい、と気づいていくのは結婚後の事

子育てやら、仕事やら、肉親の揉め事でよれよれになって行く過程で自己啓発にたどり着いた時です。

メインディッシュだとばかり、思っていた恋愛は、ただのデザート的なもの、と知るのはカルチャーショックでもありました。

人生を飾る花?

どちらかと言うと、沢山の事を学ぶための入り口でした。

 

何が言いたいのか、とりとめもなくなってきましたが

恋愛が愛だという思い込みよりも、愛は大きく広かった、わけです。

 

 

 

#愛 #真実の愛 #

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ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」