アセンションした地球の、未来の生態系

西暦2021年に地球はアセンションを果たしています。

重い重力から解放された地球は高い波動量領域へと上昇し、これから、より深い愛の惑星へと変貌していくでしょう。

ここからの話は、これからの地球の未来についてです。

愛の惑星に変っていく地球がどんな風になるのか?

2022年に生きる私の未来予想図です。

(何か気になる・・)そんな気がするなら、これから変わって行く地球の未来を

一緒に楽しんでいただけませんか?

 

KACOの未来予想図-<新しい種>の出現

近未来のある時点で、肉食獣が絶滅するでしょう。

その前哨戦として、先に草食獣がいなくなるのかもしれません。

その時は多くの在来種が姿を消すでしょう。

が、それを補ってあまりある、新しい種の誕生が続きます。

 

目指すは地球規模のテラリウム

そうして地球の生態系は変化し、今よりも少ない種で生態系を維持するシステムが構築されるでしょう。

ゆくゆくは惑星全体で一つのテラリウムのようになるはずです。

多様性が縮小する分、個と全体の関係性など今よりもずっと明確になって行く事でしょう。

 

<弱肉強食>に変わる、新しい生態系

新しい生態系では弱肉強食の仕組みは採用されないでしょう。

この時に初めて地球から恐怖が消えるのかもしれません。

 

自分が生きるために他の命を奪う。

「何それ?だっさあ!」

未来の誰かが呟きそうですね。

 

食べる事はどちらにとっても幸いである。

そういう生態系が出来上がるはずです。

新しく生まれる種は動物でもあり、植物でもある。

そういう中間種かもしれません。

例えばそれは植物なのだけれど、ある期間だけは動物として生きる。とか

動物なのだけれど、体の一部は植物性とか( ´∀` )

 

○上の図は新しい種の想像図 

<アバウトな生態系、植物⇒動物⇒植物の生命サイクル>

植物ですが、花が連なって咲いています。

そして順番に受粉して、果実は羽を持つ昆虫のように羽ばたいて、根を下ろすのに最適な場所を求めます。

この羽ばたく果実が、ビーフ味とかベーコンのような味がして栄養も豊富だったら

お互いに食べられたい、食べたいのWIN WINの生態系になりませんか?

 

果樹がたわわに実る果実を収穫してもらうことを求めるように、

その種は食べられると言うことを喜びと感じるはずです。

 

恐怖を生まない生命サイクルの誕生

食べる側も食べられる側もメリットを得るからです。

こうして恐怖を伴わない命の循環によって惑星は維持されます。

生命はマトリオーシュカの様に愛と平和によって

極小から極大まで一つに連綿とつながります。

大は小を兼ねるではなくて、

極小の単位の中に極大が含まれます。

 

フラフタクルな世界です。

 

やがて静かな愛が惑星全体に流れ、一つの音として

地球から銀河へと発信されて行くはずです。

(この頃には人類の脳の作りも変化しています。)

 

まとめ

私のイメージする未来の地球はお楽しみいただけましたか?

私は動物と植物の間のどちらでもあり、どちらでもないような生物が未来の生態系のカギを握っているのではないか?と思っています。

今の生態系ですと弱肉強食が基本で、どうしても恐怖が伴います。

でも、「たべられたい💛」「食べて」という生物で生態系の基礎が作られたら私たちの人生から惑星そのものから恐怖が消えていくのではないでしょうか?

 

いずれ、私たちが古い3次元由来のものを全てそぎ落とすときが来るでしょう。

多少混乱も伴うかもしれませんが、その混乱が終息した時が、新しい始まりとなるはずです。

新たな生態系、新しい文明、新しいライフライン。

新しい愛。

 

地球が愛には喜びを発信し、私たちも愛と喜びを持って共鳴する。

夢の様な未来でしょう。良いですよね。

もしかしたらそれは、<植物でありながら動物>でもあるような

新な種の誕生を待って始まる未来かもしれません。

私たちはその時を待ちながら、今にベストを尽くしましょう。

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ABOUTこの記事をかいた人

ようこそ、いらっしゃいませ。あなたが来てくれてうれしいです 振り返ってみると幼い頃の記憶は幼稚園の入園式から、それ以前はあやふやです。小学生の頃の夢は宇宙飛行士、中学生の頃は漫画家。けど誰にも言えなくて、もっと現実的な美術系の学校に行くことにしました。 でも、大学受験コケました。合格圏にいたはずの4年生大学を面接で失敗、その年は補欠の繰り上がりも無く、あえなく短大へ。人生の厳しさを知った春でした。ショックだった。でも今思うと、それは必然だったと思う。だって、その短大に行かないと出会えないと言う人が未来で待っていたから。いわゆる前世の恋人。 前世をトレースするかのように恋をして、同じように破局しました。私としては成就させたかったのだけれど・・ ここでも、ショックでフリーズした私を見逃さなかったのが実の母。 失恋の痛手で自己愛も自尊心も遥かにゼロに近くなっていた私は母の言いなりに見合いをして結婚してしました。 そこからが魂の修行の日々、過酷だったあ。 結婚して7年間は本当の自分を箱に入れて、母の言いなり、お人形のような生活に甘んじました。 7年目の早春、はっと我に返って唖然としました。 嫌いなものを黙って受け入れた人生は、大嫌いなもので満ち溢れていました。ウンザリしました。乳飲み子を含む三人の子どもがいて、介護一歩手前の祖父母がいて、しがみついて話さない母親、好みじゃない夫。 ここから私がもともといた場所までは遥かに遠い、地の果てまで飛ばされたかのようです。 ここから自分を取り戻していく泥沼を歩くような人生が始まりました。 手始めに人生で初めて母に「NO!」と言い、ついでに夫にも「これ以上子どもは生まないから。」と言いました。 弱い、と思っていた存在が逆らうと、ハチの巣を突っついたような気分になるようで、二人からの風当たりは強くなりました。 それでも後戻りする気はないし、前進あるのみ、心理学を学び、精神世界へ足を踏み入れました。そのうち直観力も自然に身につき、良きメンターに巡り合いました。 今思えば敵と思っていた存在が一番のメンターだったかもしれない。彼らがいなくて、ただの幸せな人生だったら、ここまで来なかった。 今、使命を実行できるのも彼らのおかげです。この場を借りて「ありがとう」